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「クリスティン」
 ステラの、笑いに細めていた目が丸くなり、次いで何度も瞬きが繰り返される。
 何、と問う彼女の前で片膝をつき、レスターは視線を外さぬまま決定的な言葉を口にした。
「クリスティン・レイ。どうか私と結婚してほしい」
 考えた上で、結局選んだのは直球に過ぎる求婚だった。あれこれと言い訳したとしても、装飾過多な言葉で誤魔化したとしても、いつかはそれを恥と思う。そうして決めた言葉だった。
 それを言う舞台としてこの場所を選んだのは、別段雰囲気を重視してのことではない。少し近くにある父や兄の墓に、自分の未来への結論を聞かせたかったのだ。加えて、”クリスティン”の眠る場所でもある。気象条件が合い、丁度一度は見せたいと思っていた光景で喜ばせることが出来たのは、双方にとって運が良かっただけに過ぎなかった。
 故に突然の事に、驚きに満ちた沈黙が、その場の時を凍らせる。
 もう結婚している、そう茶化されるかも知れないと身構えつつ、レスターはいつもとは逆の位置にあるステラの顔をじっと見上げた。
「クリスティン、返事を」
「……」
「クリスティン?」
「……反則だろう」
 くしゃりと顔を歪め、ステラは唇を噛む。だが、思いの外言葉は静かだだった。
「なんだよ、急に……」
「急じゃないさ。以前から考えていたことだ」
 自覚がなかったことは伏せ、レスターは上目遣いにステラを見つめた。
「返事は?」
「……いいのか?」
「なにが、だ?」
「私はもう、私しかない。ステラにもなれずクリスティンにも戻れない。”クリス”にだってなれやしない。”クリス”じゃないんだ」
「ああ」
「どこまでも中途半端な存在だ。それでも、いいのか?」
 彼女らしからぬ小さな声に、レスターは笑う。中途半端、それに区切りを付けたかったのだ。
 勿論、と呟き、握った指先に力を込める。
「クリスティン・レイでもステラ・エルウッドでもなければ、クリスティン・エルウッドになればいい」
「……長いよ、その名前」
「じゃあ、何と呼んで欲しい?」
 言えば、ステラは目を細めた。何かを思い出すように長い睫毛が蔭を落とし、肩が震える。
 一呼吸置いて、開いた口から漏れた言葉は、小さく細かった。
「ティーナと」
「それでいいのか?」
「兄さ……クリストファー・レイがクリスティンを呼ぶときに使ってた略称なんだ。――もう、そう呼んでくれる人はいないから」
「では、ティーナ」
 はっきりとそう口にして、レスターは”ティーナ”の目を覗き込んだ。
「もう一度言う。私と結婚して欲しい。ここから、新しい人生を生きていくために」
 屈み、手を取り、レスターは許しを請うように、ゆっくりと細い指に口づける。”ティーナ”は小さく震えたようだった。
 だが、振り払いはしない。
 そうして再び見上げた先、泣きそうな彼女の顔が小さく縦に揺れる。
 その瞬間を、レスターは目に焼き付けるようにして微笑んだ。


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