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「そんなの、勿論手伝いますよ」
 必要性、その他人道的な事を考えても、無理矢理避けて進むという選択肢はない。勿論旅の途中であるため無制限に、というわけにはいかないが、そのあたりはカイに任せるしかないだろう。
 襲撃の報を受け、それまでよりも緊張しながら進むことしばし、やがてテアの目にも件の煙が見え始めた。更に近づけば、小型の荷車らしきものが上げていると判る。燃え移るもののない道の真ん中にあり、ほぼ燃え尽きている様子だが、近くに水場がないために完全には消火できていない。
 均された地面に突き刺さる複数の矢と蛇行する轍、点在する血痕が逃走と戦闘の痕となって残っている。
 道端に絶命した男が3人。――装備を見る限り、俄に結成された集団か、そう大きくもない賊の下っ端といったところだろう。それでも素人が撃退できたことは僥倖と言って良い。
 ゆっくりと馬を進めていくうち、それに気づいたひとりが躓きながら走り寄ってきた。
「ああ、さっきの……。ありがとうございました」
 若干腹の出た年配の男である。立派な口ひげを生やしてはいるが、全体的にどこか締まりのない印象が拭えない。丈夫なだけが取り柄の簡素は服装はいかにも、農村で真面目に人生を費やしているという証拠か。他の者が遠巻きに目を寄越しているところをみると、この集団の責任者か何かなのだろう。
「私はマンセル・マリシェと申します。本当にありがとうございました」
「いや、たいしたことはしていない」
「いえいえ。丁度気を抜いた矢先でしたので、あやうく死者を出すところでした」
 言い、マンセルが深々と頭を下げる。
「先ほどのナイフはお返ししておきます」
「丁寧に、どうも」
 詳しい事情はわからないが、先にカイが偵察に向かった際、残っていた襲撃者からの一撃をカイがナイフで阻止した、もしくはその手助けをしたというところだろう。改めて聞くほどのことはなさそうだと好奇心を飲み込み、テアは周りを見回した。
 馬車は丁度、道のど真ん中で体を傾けて止まっている。前方左の車輪が破損し、今は外されているようだ。全体的に左側の損傷が強いことを思えば、襲撃がそちらから行われたこと想像に易い。車を引いていたと思われる馬一頭が、道端で蹲っている。息を引き取るのは時間の問題か。
 怪我人は3人、木の高い枝の間を渡して作った簡易テントの下に横たわっていた。命に別状はないのだろうが、血に染まった衣服は見ているだけで身を竦ませる。なんとか快方に向かって欲しいとは思うが、テアにはどうすることもできない。彼女の手伝えそうな処置は既に施された後だった。
 他に動き回っている者は5人。全体的に年齢層が高い。何をしに来た集団なのかとマンセルを見れば、彼は一瞬眉根を寄せた後、短く嘆息した。
「村の作物を運んでいる最中だったんですよ」
「あ」
「怪我をした若いのは村でも比較的腕の立つ者です。ろくに畑仕事もせず兵隊のまねごとばかりしてるんで引っ張り出してきたんですが、いやはや、逃げ出さなかっただけでも褒めてやるべきですかね」
 村の事情など知るはずもないテアは曖昧な笑みを浮かべ、再びテントの方へ視線を向けた。
 普段の素行がどうであれ、とりあえず彼らは彼らなりに村とそこに住まう者を大事に思っているのだろう。でなければ、三人とも体の前面に怪我を負うはずがない。
 そう感想を言えばマンセルは、強ばっていた表情を少し緩めたようだった。
「しかし、……困りました」
「馬車は直らないんですか?」
「いや、それは予備の車輪と軸を使えばなんとか。ですが、まだ町まで距離があるのに……」
 戦える者が全員怪我をしてしまったため、残りの行程への不安が強いのだろう。聞けば、村に戻るのも町へ行くのもほぼ同じ距離とのことだった。引き返すには、タリカの町の方が今は遠くなってしまっている。
「積荷は野菜と織物か」
 馬車の中を見ながら、カイが呟く。
「ここまで来たのなら、引き返すだけいろいろ無駄になるだけだろうな」
「ええ。それでですね、……その」
「俺に手伝えと?」
 先を取り、低い声でカイが言う。別段そこに深い意図は含まれていなかったようだが、言われたマンセルはっきりと背を震わせた。疚しい、というよりは、無理な願いを口にしているという自覚があるためだろう。
 男の様子に苦笑したカイは、おもむろにテアに視線を向けた。
「俺の雇い主は彼女だ」
「え……」
 ぎよっとするテアを余所に、雇い主の意見に従う、とほのめかす。その言葉を受けてマンセルは、強い躊躇いの視線をテアに向けた。カイに向ける態度とは異なり、どこか一線を画すような、努めて感情を抑えているような色がある。明らかに強いと判るカイには遜れても、小娘には頭を下げたくないということかと、テアは内心で鼻白む。
 そんなふたりを見比べ、カイが助け船のように口を開いた。
「どうする?」
「どうするって、私には道も危険性も判りませんし」
 役所にありがちな「たらい回し」の裏がなんとなしに理解できそうである。要は、自信のないことを安易に判断して責任を取りたくない、又は自分を追い詰めるものに手を出したくないという心境だ。
 だがカイは、薄い笑みを浮かべたまま決断を下しそうにない。あれこれと考えたテアは結局、判断材料すら足りていないことに気づき、彼から必要な情報を引き出すことにした。
「この先の危険度はどの程度です?」
「ほぼ同じか少し悪化する程度だな。確立を言えば、賊に襲われる可能性は低い方だが、報復を考えると警戒するに越したことはない」
「直った馬車をゆっくり動かすとして、どれくらいかかります? 夕方までに町に着きますか?」
「次の町にどうにかたどり着けるかどうかってところだな」
 微妙なところである。だが少なくとも、街道の途中で野宿になる、というわけではない。
 俯き、口元に指を当てて思案したテアは、しばし後に結論を口にした。
「次の町までの間、彼らも一緒に進んでもいいですか?」
 旅の安全を考えれば、甘い話だということはわかっている。こちらにも都合がある事情、彼らを見捨てたところで誰も責めはしないだろう。だがそれでは如何にも良心悖る。
 テアの言葉にマンセルはどこか複雑な喜色を浮かべ、カイは小さく苦笑した。
「……あの、追加料金とかかかりません、よね?」
 ふと思いだし、テアはカイに囁く。それを耳に何度か瞬いたカイは、顔を話した彼女を見つめた後、意地悪く口端を曲げた。
「分割も利くぞ」
「えっ」
「冗談だ。ちゃんとそのぶんは彼らから貰う。――なぁ? 命がけのボランティアやってもらえるなんざ、甘い考えはないだろ?」


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