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「ここらの奴じゃないな。暫定政府とやらの偉いさんが派遣したっぽいぜ」
「こんなところにか?」
「奴らの考えてることは判らんが、――厄介だな」
 正規軍、且つ危惧する程度の人数が居る、ということだろう。少人数であればともかく、訓練され統制された動きを取る正規兵たちの戦闘能力は侮れない。単純な殺し合いではなく捕獲或いは戦闘不能に持ち込む集団戦であればむしろ、彼らの方に分があると見るべきだろう。
 そうこうしていく間にも距離は埋まっていく。
 緊張に目を凝らしていたテアは、ふと、周辺の景色に既視感を覚えた。
 ――否、はっきりと、この景色を知っている。
 無論、完全に一致することはない。だがそこはあまりにも印象的な場所だった。
 近隣の村が一番大きな街へ向かう途中に必ず通る三叉路だ。テアもかつて両親と共に何度も行き来した。つまりは、テアの故郷、ダーレの近くということである。
(帰って、来たんだ……)
 思いも寄らなかった状況ではあるが、記憶の土地に戻ってきたという感慨に、テアは知らず目を細めた。
「で、どうすんだよ」
 背中に響く怒鳴り声に、はっと息を詰めて緩く頭振る。去来する思いに沈んでいる場合ではないのだ。
「行くしかねぇだろ」
「誰が先に行くんだ?」
「てめぇはすっこんでろ」
 前方から、ひとりが鋭い声を上げた。
「軍の奴らは動かねぇよ。ありゃ、巡回してる様子じゃねぇ」
「本当か?」
「歩きの奴らが多い。なんでこんな何もねぇ場所に居るのかは知らんが、拠点にしてるようだぜ」
 彼は、盗賊の中でも飛び抜けて目がいいのだろう。その報告に頷き合うと、盗賊たちは素早く結論を出した。
 すなわち、強行突破。兵たち一カ所に留まっていることから、その場所で何らかの任務を負っている限り、全力では追ってこないに違いないという推測だ。彼らの居座る三叉路の重要性を理解しているテアは、正しい判断だと目を眇めた。
 先頭のベッツが馬に鞭を振るう。よく馴らされているのか、即座に反応した馬は、軍人のたむろする方向へ一直線に駆けだした。
「続け!」
 遅れはとらじと後続も速度を上げる。テアを乗せた馬には、かなりの負荷となるだろう。走り逃げる距離によっては、潰れてしまう可能性もある。それでもテアという荷物を捨てないのは、それほどにシドラ人の女に価値があるのか、はたまた、盗賊たちが河岸を変える為の資金源となるからなのか。この先のシドラ地方内での実入りを考えると、おそらくは後者なのだろう。
 近づく盗賊たちに気づいた兵が得物を構えて応戦を始めた。
「ちっ!」
 やはり、それなりに強い。賊のひとりがここで初めて脱落した。それを横目に、他の者が長槍を振るう。馬を恐れて近づけない一団に、中距離からの攻撃。歩兵相手に馬上からの一撃は強烈だ。
 そうして盗賊たちは、勢いのまま軍の一隊の間を走り抜けた。
「そのまま進め!」
 ベッツが叫ぶ。馬が苦しげに啼いた。
 だが、ここが正念場だ。盗賊たちは馬の脚に任せて一気に軍を引き離す。運動の持続力で勝る人間だが、瞬発力や短距離走では馬に敵うべくもない。あっという間に、ルベイア兵は人から点へ、そして景色の一部となって消えていった。
「どーすんだよ! このまま道なりに行くのか!?」
 顔を布で覆った男ががなる。
「行き先、バレたかも知れねぇぜ!?」
「……には入る」
「ああ!? 聞こえねぇよ!」
「山に向かって進め! どうせ奴らにゃ、山道は攻略できるわけねぇ!」
 どうやら、ベッツがこの中では力を持っているらしい。多少思案気な視線を向ける男も居たが、結局は全員がベッツの言葉に従った。他に名案がなかっただけとも言う。
 山へと向かう道は幾つもある。途中で合流するものもあるが、大概はべつの場所に到達するものだ。故に、道を間違うと全く見当違いな方向に出る。広く、そう険しくもない山を拠点にしている賊たちは、普段それを利用して軍の追っ手を撒いているのだろう。
 地図があればまだしも、詳細な図は王都と共に炎の中に消えてしまっているのだ。彼らが根城にしている限り、山の血脈のごとく走る道を、ルベイア兵が探索できるわけもない。
 だが、山に入ってしばし、それなりに広い道を進んでいた面々は、次第に表情を曇らせていった。
「ちっ……、跡がついちまうな」
 先頭を進んでいたロビーが、馬を止めて顔を歪めた。昨日の雨のために、予想以上に道がぬかるんでいるようだ。これでは、みすみす逃げたルートを知らせてしまうことになる。
「一旦、バラけるか?」
「莫迦言え、向こうの方が数は上だろうが」
 集団がどこへ向かったのか判らないから有利なのであって、本当に少人数に別れてしまっては各個撃破されるのがオチである。少し考えれば判ることだ。だがこの場合、男の科白やここまでの会話から、他の事も読み取ることが出来る。
 つまりは、賊には攪乱や援護を頼めるような人数の余裕はなく、あらゆる山道に精通しているわけでもない、ということだ。テアの古い記憶が今も尚通用するのなら、軍の追っ手を攪乱するために別れたとしても、いくらでも気づかれずに合流する手段があるはずである。
 そうしてテアが周囲を見回していることにも気づかず、男たちはあれこれと結論の出ない提案を繰り返しているようだった。
 曰く、このまま突き進んでどこかの暴動に紛れ込めばいい。曰く、それでは逃げた先が丸わかりになる。曰く、やはり分散して逃げ、適当な町で合流すればいい。曰く、人質ならぬ「売り物」を誰が運ぶのだ、――など。
 何も持たずに単身で逃げれば、山道になれていない平地の多いルベイアの兵など簡単に引き離すことが出来る。だが、テアを含む荷物を持った「仲間」を信じ切れないのだ。荷物と共に裏切って逃げる可能性がある。それは阻止したい、しかし自分は捕まるというリスクを負いたくない、そういった暗い欲にまみれた葛藤があるのだろう。
 つけいる隙がある、とテアは思った。彼らは要するに、どの道を進んだのかばれずに集団で逃げることを最善としている。ならば、それが可能であることを示せばよい。
 頃合いを見計らい、提案が罵り合いに変化した、その直後にテアは声を上げた。
「煩い!」
 突然のことに、さすがに男たちは面食らったようだった。
「――いつまで留まってるつもり?」
「はぁ? お前、何を……」
「ルベイア軍を舐めない方がいいわよ。東方の小競り合いが落ち着いてきたから、このところ余裕が出てきてるみたいだもの」
 何の根拠も証拠もない受け売りである。だが、緊張に震える手を背中に押しつけながら、テアは精一杯の虚勢を張って言い切った。


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