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 男たちが顔を見合わせる。言葉の内容以上に、それまで黙っていた「売り物」が突然喋りだしたことを訝しく思っているようだ。むろん、彼らが全面的に真に受けるとは思っていないテアは、たたみ掛けるように説得の言葉を続けた。
「あんたたち、私がここらに住んでる人間じゃないって判って掠ったんでしょ? 地元の青い目の女は、捕り尽くしたみたいだもんね。なら、私がなんでこんな時期にここにいるのか判る?」
「何が言いたい?」
「私は強制的にルベイアの奴らに連れてこられたの。昔ここらに住んでたから、本格的に賊の討伐に乗り出す前に調査しようってね」
 ざわり、と険のある空気が揺れる。
「冗談じゃないわよ。ねぇ、そう思わない? 勝手に追い出していて、酷い生活させておいて、都合良く利用だけして。――逆らえなかったからここまで来たけどね、私はもう、まっぴらごめんなの。こんな生活」
「……」
「だから、取引しない? 私はこのあたりに詳しいわ。あんたたちを安全な道で山の奥の方まで連れて行く。代わりに、そうね、逃がせなんて言わない。売ってもいいわ。ただし、奴隷扱いじゃなくて、娼館でもないところ、つまり条件のいいところにって条件だけつける。どう? 損はないでしょ? どうせ、目が青いだけで他に特徴もない小娘なんて、酷いところに売っても額に大した違いはないんだからさ。それで略奪品もそのまま、捕まることもないのよ」
「話、良すぎるだろうが」
「良くないわよ。私は強制的に連れてこられたシドラ人なのよ。あんたたちに掠われた時点で、素直にそうと受け取ってもらえない可能性も大きいに決まってる。疑り深いルベイア人なら、一緒に逃げたって思ってるかもね! そしたら、あんたたちが自滅して連れ戻されたところで、状況は更に悪くなる。だから、このまま行方不明、で忘れられる方が都合がいいの。それでも納得できない?」
「お前を助けるように出てきた、あの男は?」
 ロビーが探るような目を向ける。テアは複雑な思いに顔をしかめながら、努めて皮肉気な笑みを浮かべた。
「勿論、監視役よ。私に逃げられるって思ったんでしょうね。私は子供を助けようと思っただけだったんだけど。莫迦な男」
「ただの監視役なら、あんな大人数に立ち向かってくるか?」
「知らないわよ。よっぽど逃げられちゃ困る立場だったんじゃない? それに、あいつ、途中でさっさと諦めたんでしょ? 私を助けようとして決死の覚悟で出てきたってのなら、普通、最後まで食らいつかない?」
「そりゃ、そう言われればそうだが……」
「別に、信じてくれとか言わない。そんなの無駄でしょ。利害が一致すればいい。違う?」
 要は、納得しやすいように、説得したい相手の思考に合わせればいい。同類であることを示し、且つ、相手にも自分にも損がない提案をする。その上で、切羽詰まっているのは自分の方だと言うことを示すことが出来れば上々だ。
 盗賊たちは顔を見合わせ、次いでテアへと目を向ける。迷ったような色はあったが、彼らが結論を出すまでは短かった。
「いいだろう」
 横柄な口調ではあるが、実際問題、それに勝る提案が出ない以上、受け入れるより他はない。
「案内しろ。もし、下手なところへ誘導したときには、……判ってるな」
「結構よ。なんなら、首輪でもつける?」
「……いや」
 さすがに、武器ひとつ持たない女相手にそこまでの警戒を見せるのは、彼らなりの矜恃が赦さなかったのだろう。今のままの状態で連れて行くというベッツに、特に反対意見を出す者はいなかった。
 それを認め、テアは自由にならない手の代わりに、顎を使って行く方向を指し示す。
「とりあえず、足跡の付いた道を少し引き返して。そこから左に逸れてちょうだい。このあたりには獣道があったはずだから、それを探すわ」
 無言で頷き合い、盗賊たちはテアの指示通りに馬を誘導した。判りやすい山道を外れ、木々の間を縫うように進む。山道と同じくぬかるんではいるが、朽ちた枝葉や草が地面を覆っているために、それと判るほどの足跡は残らなかった。その事実に盗賊たちが、満足したように顎を引く。
「これなら大丈夫か。よし、急ぐぞ」
 雲の上の陽はだいぶ落ち、視界は暗さを増している。今は周りが見えないほどではないが、それも時間の問題だろう。
 苦しげに息を吐く馬を宥めつつ道なき道を進むこと数十分。その過程で一名が小さな段差に落ちた結果馬を下りる羽目になり、その補助としてひとりが付き従うことになった他は、名を挙げておくべき脱落者は出なかった。ルベイア軍を危なげなく振り切ったことといい、この盗賊の一団はどうしてなかなか馬術にも優れている。
(向こう見ずな粗野な感じはない……?)
 少なくとも、勢いに任せて好き勝手に行動する考えなしではないようだ。喰いあぶれたものが見境なく弱者を襲って成る集団とは一線を画している。
(まるで、「盗賊」っていう仕事をしてるみたいな……)
 思い、考えを深めるべく眉間に皺を寄せたテアの前に、不意に視界が広がった。
「……!」
 森を抜けたのだ。明らかに人の手が加わったと判る空間である。
「お、ここは……」
 背後の声が上擦っているのは、見知った場所だったからだろう。だがそれは、テアにとっても同じだった。
(あれは、皆の畑で、向こうにまた広場があって……)
 ああ、とテアは嘆息する。
 そこへたどり着くように誘導したのは彼女自身だった。だが、心の中では本当に着くとは思っていなかったのかも知れない。
「こりゃ、いいとこに出たな」
「ここなら大丈夫だろ。おい、ちょっと休憩しねぇか?」
 盗賊たちの嬉々とした声を耳に、テアは遠く記憶を探る。
 朽ちた家屋がある。捨て去られた耕具がある。自然に還ってしまった畑がある。知らぬはずの景色であるはずが、そうと判ってしまうのは何故か。
 何もかもが変わり、誰もいなくなったその場所を見て、そうして、――テアは嗤った。低く、低く、喉の奥から引き攣った声をあげる。
(――ああ)
 幸いにか、盗賊たちはそれに気づくことなくそれぞれの思いのままに散っていった。勝手知ったる場所、といったところなのだろう。カイとふたりで故郷を訪ねたとしても彼らに鉢合わせしたかもしれないと思えば、今の状況もさほど悪くはない。下手をすればルベイア兵に止められていた場所へ、彼らが連れてきてくれたのだと思えば、因果に再び嗤いがこみ上げる。
 馬から下ろされ、テアは短い草の生い茂る広場へと誘導された。小幅に歩くのが精一杯という程度にしか開けないよう足枷を付けられたのは、逃亡防止ということなのだろう。逃げる場所も助けてくれる人もいないのに、と先ほどとは違う可笑しさに頬が吊り上がる。


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