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 そうしてしばらく、テアはその場に放置された。何を与えられるわけでもなく、それこそ荷物のように置かれただけだ。あるのは考える時間だけで、それは敢えて選択したくない時間の潰し方だった。
 ダーレに到着したときが、いよいよ日没の寸前だったのだろう。どうにか周りを見渡せていた視界が、刻一刻と暗さを増す。昼から夜へ、相変わらずその移り変わりは唐突だ。
 完全に暗くなる前に、盗賊たちは残っていた土壁の囲いの内側に、小さな焚き火を拵えた。少しの休憩のはずが、思わぬ日没に一泊に予定を変えたのだろう。思い思いに散らばっていた彼らは自然に集まり、それぞれの役割を決めていく。
 周囲への警戒役として離れていく2、3人以外は、焚き火の周辺にそれぞれ腰を下ろした。
「ここから、どう進む?」
 やはり、盗賊たちの間でも立場が上なのだろう。座り、一息吐いたテアに、ベッツが細めた目を向けた。
「どちらに進みたいのかにもよるわ」
「シドラはもう駄目だな。ルベイアに抜ける」
「……へぇ?」
 なるほど、とテアは思う。領境を越えてアロファ方面へ出没する盗賊の根城は、案外この近辺に多いのかも知れない。思い返せば確かに、進んではいけないと子供たちが注意されていた道が幾つかあった。
「なら、とりあえずもうひとつ近くにある集落に行った方がいいわね」
「集落?」
「夏の間に狩り場の宿泊所にしてたようなところよ」
 具体的には言わず口を閉ざせば、ベッツは苦笑したようだった。問われて皆まで言うほどテアは莫迦ではない。用無しとなればどうなるか判らない状況で、己を守るものと言えば、自分の中にある知識だけだ。出し惜しみを卑怯と思うような清々しい甘さは持ち合わせていなかった。
 テアの思いを見通したようにベッツは嗤う。だが、それなりに価値のあるテアを、今のところ追い詰める気はないようだった。
「ベッツ」
 ふと落ちた沈黙の間に、テアをここまで連れてきた痩せた男が声を上げた。
「マドックたちとはどう連絡を取る気だ?」
「ああ? そんなもん、放っときゃいいだろうが」
「けど、あいつらだけじゃ……」
「好き勝手行動してる奴を心配してどうする? そんなもん、てめぇでなんとかするべきだろうがよ」
 マドックというのは、初めに目覚めたときに聞いた名だ。テアの記憶が正しければ、今は暴徒に紛れているはずである。
「けどよ、……シドラから出るんだろ? 今の話じゃ」
「だから、伝えろってか? 自分で足つけてどうすんだよ。知らせりゃ、どっかから漏れるだろうが。莫迦か、てめぇは」
 鋭く吐き捨てたベッツに、痩身の男は顔を紅くする。
「無駄口叩いてねぇで、ちったぁ休んでろ」
「偉そうに……!」
「はぁ? 当たり前だろうが! 負け犬が群れてキャンキャン吼えてんじゃねぇよ!」
「きさ……!」
「止めろ!」
 太い声で割り込んだのはロビーだ。厳つい顔に怒気を走らせ、双方を睨み付ける。
「てめぇらで潰し合ってる場合か? 状況を考えろ!」
「……」
「ベッツ、どうもエリックどもが遅い。様子を見に行くぞ」
「はぁ? なんで俺が」
「万が一、軍が追ってきてたら面倒だろうが」
 指摘に、ベッツは渋面を作る。
「第一あいつらは――」
「ロビーッ!!」
 言いかけたベッツを遮るように、悲鳴に近い声が後方から上がる。
「ヴァルが殺られた!」
「何!?」
 顔を顰め、ロビーが背負った斧に手を掛ける。いがみ合っていたベッツたちも同様に緊張を走らせたようだった。
 息を切らせ走り寄った男が、離れた場所から震えた声で叫ぶ。
「軍じゃねぇ! エリックも向こ」
 ……向こうで、と告げようとしていたのだろう。だが彼の言葉は、永遠にその先を失った。
 風を切る音、それに一瞬遅れて男の体が弾かれ、傾いだまま倒れ伏す。暗くて詳細は判らない。だが、彼がどこからか攻撃を受けたのは確かなようだった。
「嘘だろ……!」
 ひとりが、掠れたうめき声を上げた。
 


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