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 吐き捨て、ちらりとロビーはテアに目を落とした。
「てめぇのツレか?」
「判りません」
「嵌めたわけじゃ、ないだろうな」
「どうやって、です?」
 正確に言えば、テアが全く何も企んでいなかったとは言えない。だがそれは、けして計画的なものではなかった。運が良ければ気づいてもらえるに違いないという、非常に消極的なものだ。カイにそれを期待したと言うよりも、三叉路で会ったルベイア兵が何らかの対策を取ってくれた場合に功を奏する、それを目論んだものだった。
 故にテアは首を横に振る。
「私は別に、進んであなた方に捕まったわけじゃないですよ。どうして嵌めることなんて出来るんです?」
「道案内をしたのはてめぇだ」
「理由は、説明したと思いますが」
「どうだか」
「ずっと縛られたままの私に、何が出来たっていうんです? 馬鹿馬鹿しい」
 真実、テア自身は何もしていない。
「それより、――」
 口を開きかけたテアを遮るように、暗闇の向こうに炎が立ち上った。火炎瓶が炎上したのだ。
 さすがにテアは目を見開き、ロビーが苦々しげに舌を打つ。
「あいつら、森であんなもん使いやがって!」
 確かに、考えなしと言わざるを得ない。幸い、木々のない空間に狙いよく落ちたのか、火勢は爆発時から急激に弱まっていっている。
 だが、その炎に、一瞬見えた光景には言葉を失わざるを得なかった。
「……あいつら、何やってんだ!」
 地面に倒れ伏す数名。誰が誰とは判らないが、戦ったという様子がない。つまり、誰も彼もが、遠距離からの攻撃で倒されたと言うことだ。
 再び、ロビーが舌を打つ。
「来い!」
 急に襟首を掴まれたテアは、小さく呻き声をあげた。そんな彼女に頓着した様子はなく、引きずるようにしてロビーはテアを運んでいく。
 盗賊たちのいる場所は見晴らしが良く、周囲は木々と朽ちた建物に囲まれている。これでは確かに、遠くから奇襲をかけてくれと言っているようなものだ。些か遅かったが、ロビーやまだ生き残っていた者もそれに気づいたのだろう。
 薄い雲の合間から差し込む光に助けられながら、暗い道を数人が進んでいく。ロビーに先駆けて走っていく者には、特に焦りの色が強かった。それほどの強敵ということか。
「ちっ」
 テアという足手まといを持ったロビーは明らかに仲間よりも遅れていく。かなりの後方から追いついてきたベッツが彼を抜きかけたとき、彼は得物を使ってベッツを止めた。
「何しやがる」
「てめぇがこいつを見てろ」
「はぁ!? 何言ってやがる。もともとてめぇが見つけてきたんだろうが。最後まで面倒見ろよ」
「ざけんな! そうやっててめぇはいつも厄介なことを押しつ――」
 怒鳴るロビーのこめかみに、衝撃と共に矢が突き刺さった。テアには、声も出ない。
 ゆっくりと傾いでいくロビーを律儀に目で追いながら、テアは体の力が抜けていくのを感じた。かつて体験したこととはいえ、それまで喋っていた者が至近距離で即死する光景など、慣れるものではないのだ。一歩間違えば自分が犠牲になっていたという恐怖もある。
「……おいおい」
 乾いた声で、ベッツが呻く。
「冗談じゃねぇ……」
 それでも、止まることが危険だと判ったのだろう。ロビー以上に強引にテアを立たせ、担ぎ上げて山道を走る。端から見れば非効率的なものと映るが、彼は気づいたらしい。
 走る側から、死体と行き違う。先に逃げていった者達だ。要するに、どれだけ狙いやすかろうと、テアに危険が高い場合は攻撃対象とならない。だからこそベッツは、テアを連れて逃げる。相手には位置を探られ、自分は相手を掴み切れていない。そんな状況で且つ飛び道具を持っていないのなら、そうするほかになかったと言える。
 乱暴な上下運動に吐き気さえ覚えながら、テアは何故、と思った。
 何故、同じ場所に向かう。
 何故、カイは助けに来てくれた。
 この先にあるのは遺跡だ。円形の舞台と円柱だけが残る朽ちた遺跡。それはかつてのテアの終着点だった。
 そしてカイ。テアを保護しようとしているのなら、カイ以外にはあり得ないだろう。暗く、見分けも困難な状況で、軍がテアと賊を区別してくれるとは思えない。
(なんで……、カイさんを振り切ったのは私なのに)
 人殺しに慣れた盗賊たちを単身で追う危険を、彼が判ってないとは思えない。
 ぐるぐると回る思考回路。だが、結論が出る前に目的の場所に到着してしまったようだった。
「出てこい!」
 テアを下ろし、ベッツは彼女を後ろから締め上げた。そしてテアの喉元に短剣を突きつけ、判りやすい意思表示をする。
「出てこねぇと、この女を殺すぞ!」
 背後には崖、左右と前面は村の中よりも大きく開けている。さすがに遠距離からの攻撃は難しいだろう。積極的にテアを助ける気があるならば、出てくるしかない状況だ。
 そして、この場合はその通りだった。横穴の多い土壁から軽快に飛び降りた人影は、鞘ごと剣を携えたまま、ゆっくりと歩み寄る。
 その姿、確かにカイだった。
「てめぇ、ひとりか……」
 認め、ベッツが唸る。信じられないという響きが含まれていたのは当然と言えよう。それなりに手練れだったはずの数十人が、次々にひとりに斃されたのだ。
「何を驚くことがある?」
 対するカイは極めて平坦な声を返した。
「あんな場所で固まっていたお前たちの単なる手落ちだろうが」
「言ってくれるぜ」
 苦々しく思ったのは、ベッツだけではなかったようだ。
「ざけんじゃねぇっ!!」
 いつの間にそこにいたのか。背の高い草を分けて、突然男二人が飛び出した。既にそれぞれの得物を構えている。
「よく、も……!?」
 左右挟み討つように、鋭い刃が交差した。だが、そこには既に人影はない。
 転がるように、その実全身のバネを使い的確な動作で前に逃れたカイが腕一本を軸に体を捻ると、同時に左にいた男の臑を蹴りつける。回転する力を乗せた強烈な打撃に、男は呻いて膝をつく。その後頸部に、剣の柄が沈み込んだ。
 むろん、反対側にいた男も呆然と見過ごしてはいない。体勢を立て直すカイにむけ、節のある槍をたたき込む。
「!」


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