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「きついね。まぁでも、僕も同感だ。ひととおりの説明が終わるまで、質問以外は聞くことに専念してもいいんじゃないかな」
 ヴェラに何事か言いかけたアランだったが、ダグラスの追撃に顔を渋面に変えた。レスターは沈黙、クリスは無関心を装って目を閉じる。
「おいおい……」
 ひとり戸惑った声を上げたキーツは、呆れたように一同を見回した後、乱暴に頭を掻いた。
「仕事さえこなしてくれれば問題はないが、ある程度の協調性はもって欲しい」
「……」
「では、話の続きだ」
 気温のどんどん低下していく室内に、ため息と呼ぶにも深すぎる呼気が音となって響く。
「再捜査された物件のひとつから、重要な物が見つかったと、捜査官は二名から発見直後に緊急報告が届けられている。だが結局見つけられた重要な物とやらは届かなかった」
 言葉を切り、キーツはちらりと視線をクリスに向けた。
「捜査官のひとりがそれここへ運ぶ途中、馬車の事故で命を落とした。王都の住宅がひしめく場所で、暴走の果てに壁に激突してしまったんだ」
「!」
「はじめは自ら馬を飛ばしていたようだが、途中で怪我を負い、途中で馬車を手配したようだ。しかし、運ばれてきたはずの”物証”らしきものはその馬車の残骸からは見つからなかった」
「捜査官が、実はどこか別の場所に隠していたという可能性は?」
 問うたのはレスターである。それに対し、キーツは緩く首を横に振った。
「一度だけあった報告によると、鍵は別の場所に隠したが、物は自分が運ぶとのことだった」
「鍵?」
「箱に入れ、封じて運ぶということだった」
「なるほど。つまり、その”物証”とやらが何であるにせよ、それを見つけられては困る者、――仮に敵としよう――が近辺に居たということですか。しかも、ギリギリまで特徴を知られることなく捜査官ふたりを殺せるような」
 レスターの呟きに、ヴェラが鋭い目を向けた。先にアランを嗤ったときとは異なる、驚愕と不審の色を多分に含んでいる。
「何故あなたがそれを知っているのですか?」
「知らないよ。簡単な論理だ。まず普通なら、見つけた”物証”とやらをふたりで運ぶ。守るという意味ではひとりより安全なはずだ。それなのに二手に分かれている。ひとりは囮役か敵を分断させる作戦だったと見るべきだろう。更には、キーツ殿の言い方があくまで伝聞であること。これは捜査場所に残った一名も死んで、確たることが判らなくなったからだ。だから、近くに敵が居たのだろうと想像したまでだ」
「じゃあ、”物証”を隠して増援を待つということが出来なかったのは、敵から監視されていたことには気付いていたということかな?」
「そう。相当に切羽詰まった状況だったはずだ」
 ダグラスに向けて笑い、だがレスターはすぐに腑に落ちない表情で腕を組んだ。
「問題はそこまでやってのけた敵が、何故”物証”を手にすることが出来なかったのか、ということだが」
「!? どこからそんな情報を」
「情報収集で知った事じゃない。話と現状を絡めればすぐに判る。敵が”物証”を持って逃げたのが判っているなら、それはもう単純に法務省の捜索部隊が出動するか、正式に軍部に手配書が回る程度のことだ。こうして特捜隊が発足したのは、もしもの場合を想定して、各部署の権限を越えた対応を即座にとるためだろう? つまり、通常の事件に比べ、状況が複雑化しているからに他ならない」
「――やれやれ」
 呆れた声音で割り込んだのはキーツである。
「説明する手間が省けたのかどうかは判らないが、その通りだと言っておこう。エルウッドの言う通り、もうひとりも現場で殺されていたために詳細が判らないままとなってしまった。そのため件の建物には追加の捜査官が派遣されたが、新たに発見されたものはない。せいぜい、”物証”が建物の中の床の収納庫に隠されていたものだった、ということが判ったくらいだ」
「報告に、その”物証”がどういった代物であるのか、報告はなかったのですか?」
「その連絡は伝書鳩を使ってのものだったため、そう長い文は書けなかったのもあるだろうが……。ただ、『重要なものを見つけた』こと、『鍵をかけ箱に入れて運ぶ』こと、ここにいらっしゃる『財務長官にも深く関わりがある』こと、『緊急に応援を頼む』といったことだけしか書かれていなかった。実際にはひどく乱れた捜査官内規定の暗号文で、そういう意味に取れる、という代物だったが」
 皆の顔が一斉に同じ方を向く。
「失礼ですが、長官に心当たりは?」
 一同を代表するようなレスターの問いに、オルブライトは軽く目を伏せた。考えるような仕草だが、どこか思いを馳せているようにも見える。
「残念だが、心当たりがないというよりも、かつての事件には深く関わりすぎていて判らないというのが感想です」
 もっともな返答に、皆が揃って頷いた。
「捕縛した者からの情報にありながら未だ見付かっていない販売ルートの書類、被害者のリスト、取引の際に使用される印章など、”物証”に該当しそうな物は沢山存在するのです。ですから、こうしてあなた方に集まっていただくための代表として、特捜隊を発足しました」
 普段からそういう口調であるのか、至って丁寧な物言いは多くの者に命令を下せる立場にしてはやや遜った印象を与える。だが、優しげではあっても柔弱な雰囲気はない。静かな重みを感じさせる男に、クリスは知らず背筋を伸ばした。
「――そういうことだ。皆、いいな?」
 パン、と机が鳴る。注目を集めるように机を軽く叩き、キーツは皆の顔へと視線を走らせた。話の脱線をただすと言うよりも、おそらくはオルブライトの体調を気遣ってのことだろう。
 失礼を詫びるように席を立ち、オルブライトに黙礼をしたレスターが元の位置に戻るのを待って、キーツは再び口を開いた。
「敵が”物証”を手に入れていないという確証は、実際にはない。ただ、その後、件の建物に派遣された捜査官や、事故現場の調査を担当した者が何者かに襲われている。事故現場から引き上げた物を一時保管していた場所も、盗まれはしていないが何者かに荒らされた形跡があった」
 仮に敵――人身売買組織が”物証”手に入れたのであれば、そのまま闇に葬って終わりとなるだろう。活動しているからには当然、それ相応の理由が必要となる。
 ここで、ダグラスが手を上げた。
「敵も法務省の方も”物証”を見失ったというのは判るよ。でも単に事故で馬車とともに壊れたという可能性はないの?」
 ”物証”をその手で王都まで運んだ捜査官。おそらくは馬車の暴走も、王都に入った後、某か敵に仕掛けられた結果のことなのだろう。そして馬車は勢いを殺さぬままに樹木や壁に激突して大破、横転した。
 当時、周囲には目撃者が多数存在した。その者たちの複数の目がある中で、後から壁や馬車の残骸に近付き、”物証”を探し出して持ち運ぶ、そんなことが出来たとは思えない。故に、一番簡単な回答は、”物証”が現場で破壊されて意味を成さないものになってしまった、という推測だ。


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