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 のろのろと歩きながら考えを巡らせる。
 財務省の長が発足させたのなら母体は財務省にあり、そういう意味でキーツは公平さをアピールするために別省から選ばれたまとめ役であると見るべきだろう。
 今回の任務が主には敵とやり合うだけの戦闘能力を持っている者、追跡、捜査等の能力に優れている者とすれば、メンバーは軍部と法務省から選ばれるのが順当なところだ。その法務省の代表がヴェラ、軍部からはダグラスかレスターだが、ヴェラの情報正しいのであれば、レスターは横やりを入れている団体なり派閥なりの息のかかった存在ということになる。
 アランは一見財務省からの派遣というようにも取れるが、必要な能力が適していないことや、一番上の代表者が財務長官ということを合わせて考えれば、確かに推薦される必要性はない。単純に考えれば、財務省内の長官とは対立する派閥から送られた刺客ということになるが、それにしては長官への称賛が半端ではないことが腑に落ちないといったところだ。
 それでもクリスを除く全員は、特捜隊の裏事情や己の役割を理解しているような様子だった。だが、クリスは事情も知らない上にどことも繋がりがない。苦し紛れにヴェラに言ったように、所属しているはずの軍部から何も言い含められていない以上、どこにも与しない立場である。
(いや、ヴェラが「ねじ込み組」と認識してない以上、私もどこからから正式に推薦を受けたはずだ)
 どこかから。
 実のところ、その当ては考えるまでもない。クリスに不審な接触をした人物、すなわちセス・ハウエル法務長官だ。クリスの身分と知己を含めた影響範囲に権力者と近しい者がない以上、彼以外には考えられない。
 だが、彼が何故、そして何のためにクリスを推したのか。結局の所謎はそこに戻る。
 困った、とクリスは乱暴に頭を掻いた。とてもではないが、商人見習い程度のスキルで対応できる任務ではない。
 傍目には背筋を伸ばして、しかし内心逃亡したい気持ちを抱えながら、クリスは法務省の門を通りすぎた。空は既に藍に姿を変えている。星の光が遠いのは、鈍色の雲が薄く流れている為だろう。時間を思い出せば、自然と腹が空腹を訴えた。
(生きてるって面倒だ……)
 だが、やるしかない。
 無理矢理拳に力を込め、自分に言い聞かせるべく気合いを入れる。
 ――そんなクリスを物陰から見つめる者が居ることに、彼は気づいてもいなかった。

 *

 書斎の扉を開け、ルークはため息を吐いた。手にしていたランプの炎が揺れ、暗闇の中で影が嗤う。
「よぉ。――遅かったじゃねぇの?」
 突然の声に、ルークは思わず体を強ばらせた。
「邪魔してるぜ」
「……まだ居たのですか」
「おいおい、随分な挨拶だなァ。協力者に向かって」
 部屋の隅、小さな蝋燭の明かりにグラスから赤い光が放たれる。幻想的な煌めきの向こうで、陰影を付けた男の顔が下卑た笑みを浮かべた。
 数歩、歩いて寄る間に呼吸を整えたルークは、嫌悪の表情も隠さずに男に対峙する。慣れた目にも暗い部屋の中で、男は突き出た腹を揺らしたようだった。随分と悪意を肚にため込んでいる、とルークは口の中でひとりごちる。
「それで? どんな具合だい?」
「どんな、とは?」
「とぼけんじゃねぇよ。若いの集めて遊戯でもするんだろ。いいじゃねぇか、どれを選んでも美男美女ときたもんだ。へへ、まさか顔で選んだ奴らじゃねぇだろうな?」
 言葉にまでアルコールが混じっている。そう思いたいところだが、あいにくと男の目には笑いの一欠片も存在しなかった。隠そうともしない探りと嘲りを多分に孕んだそれは、見方によってはわかりやすいとも言う。
 備え付けの燭台にランプから炎を移し、ルークは彼から離れるように暖色に染まった壁際に後退した。
「あなたに教える義務はありませんが」
「教えなきゃいけねぇ理由はあるだろ」
 ルークに向けて歯を剥き、男は獣のように顔を歪めた。
「別嬪の嫁さんだよなぁ。そのうち俺も、見てるだけじゃ我慢できねぇようになるかもしれねーぜ?」
「やめろ! 妻には手出ししないと……」
「約束したよなぁ。へへへ、思い出したようで何よりだ」
「卑怯者が……」
「はっはぁ! 卑怯も何も、てめぇがあん時決めた事だろ? 『あれ』が必要だからな」
「……」
「へ、黙んまりかよ。いいさ、てめぇはもう引き返せねぇところに来てんだ。今更どうしようもねぇよなぁ。ま、『あれ』かどうかはさておき、俺も探してるものはあるんだからさ」
 高価な酒を一気に呷り、男は酒精を勢いよくはき出した。

「互いに欲しいものが手にはいるまで、仲良くやろうじゃねぇか、なぁ、相棒よ――……」



注意)これはあくまでファンタジーであり、文化成熟度は現実の近代より遙かに劣っているにも関わらず、近代的な行政の仕組みに全く同じではおかしいと考えて、物語の進行を妨げない範囲で創作しています。故に、敢えて現代日本の三権分立の仕組みからすれば明らかに間違った行政組織となっています。
トリップ主人公でもないこの世界で普通に暮らしている主人公視点の話の中に注釈的な内容を入れるのもおかしいと思い、あえて省いてあります。


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