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5.


 『事件概要』
 『8月19日〜21日の間にかけて重要な”物証”が発見される。21日法務省関連施設某所にその旨連絡が入ることで発覚。受け取りに向けてチームが急遽組まれるが、発見報告をした捜査官はその後行方不明』
 『22日夕刻、王都市街地某所にて馬車の暴走事故。三名死亡、一名意識不明。暴走した馬車は法務省管理のものと判明。死亡者のうち一名は民間人。二名は法務省職員。うち一名は行方不明中の捜査官』
 『残る一名の捜査官も担当箇所で他殺死体として発見される』
 『”物証”は行方不明。目下捜索中』
 『9月10日、財務長官と法務長官による会談。途中襲撃に遭い法務長官は重症、財務長官も怪我を負った』
 『14日、特捜隊発足』
 『ルーク・オルブライト。財務長官。五年前の人身売買組織に関する一連の功績で財務省トップへ。”物証”に関連する人物』
 『バジル・キーツ。法務省公安局所属の事務。法務省職員ながら元々は軍部出身であるなど様々な部署を経験するベテラン。公平という意味で選出された特捜隊のまとめ役か?』
 『ヴェラ・ヒルトン。法務省の事務員。正確な所属は不明。少なくとも公に顔の出るような部署ではない。両親ともに法務省職員であったようだが詳細不明。法務省から特捜隊に推薦があった人物か?』
 『アラン・ユーイング。財務省事務員。正確には財務長官直属の事務員の末席。それまでの所属はなく、数年前に突然名前の出始めた若手。財務長官の肝煎りとも言われるが詳細不明。財務省から特捜隊に推薦があった人物か? しかし、ヴェラ曰く”ねじ込み枠”』
 『レスター・エルウッド。軍部所属。第一騎兵師団の中隊長補佐。近年最後の大規模戦争に参加し北方戦役で功績を挙げ四位貴人の称号を得る。両親は既に亡くなっているためエルウッド家の当主でもある。ヴェラ曰く”ねじ込み枠”。どこからの推薦枠かも不明』
 『ダグラス・ラザフォート。軍部の情報解析部所属。もともとは国境の砦方面の軍に所属していた。異動理由は不明だが優秀な諜報部員との話もある。他は不明。軍部からの推薦枠か?』

 少ない伝手を使い体を使い調べた情報の内、信憑性の高いものと公にされているものをまとめた紙が、手元でかさりと頼りない音を立てる。あれもこれもと書き連ねた時点ではそれなりの量に感じた情報も、凝縮してみれば随分とあっさりしたものに仕上がってしまった。
 むろん、一般認識としてソラで言えるようなことは省いている。こと、馬車の暴走事故に関してはもう少し詳しい情報も体験と立場を通じて知っているわけだが、敢えて文字としては記入していない。忘れるわけのないことであり、また、万が一他人の目に触れたときを考慮してのことである。
 だがそれを足したとしても、少ない。禁じ得ない自嘲に頬を歪めたクリスは、陰鬱な気持ちのまま紙を机の隅へと放り投げた。
(これじゃ、全体像も判らないけど……)
 他の四人にしてみれば基本に過ぎない情報量なのだろう。だがクリストファーとして振る舞う必要性がある以上、訪ねる人や場所を制限された身では致し方ない結果とも言える。
 クリスティンとしてであれば、本当は簡単なことだった。どこの誰に何を尋ねどこへ行って何をすれば効率よく事が運ぶのかは熟知している。しかし、「クリストファー」が同じ行動をとるわけにはいかない。立場然り人間関係然り、不審に思われるのが関の山だろう。
 そしてクリスには、クリストファーならどうするのかということが判らない。だからこそ、ひとつの情報を得るにも回りくどく非効率的な方法を採らざるを得ないのだ。時間の浪費は恐ろしく激しかった。
(特捜隊のメンバーが兄様と知り合いじゃなかったっていうのは助かったけど、これじゃなぁ……)
 加えて、こんなことをしている場合ではないという気持ちがクリスの焦りに拍車をかける。自分や兄のためにも、待っていてくれるゲッシュのためにも、何とかクリスの身に起こっている特異な事態を解決する手がかりを得なければならないのだ。
 なのに、時間や選択肢はどんどんと消えていく。八方塞がりに近い心境と状況だ。
 思い、ため息が消えやらぬ内に更なる息をかぶせ、クリスは机の上に突っ伏した。

 *

 第一回目の招集がかかったのは、法務省での会合より三日後のことだった。思っていたよりも遅く、心理的余裕という意味では早かった、といったところだろう。
 丁度レイ家の自宅で父親と話し合っていたクリスは、救いが来たとばかりに腰を浮かせた。クリスティンの死後、商家としての跡取りを失ったパトリック・レイは、事あるごとにクリスを実家に呼びつけているのだ。
 元来、父親とクリストファーの仲はクリスティンのそれほど良好ではない。となればパトリックの本音など考えるまでもないというものだ。
 もの言いたげな視線にわざと気付かないふりをしながら、五年前の事件の話や現在巷で囁かれているうわさ話を聞き、何とか跡取りの話から逸らしてはいるものの、様々な意味でクリスに苦しさを覚えさせる。そうしたクリスにパトリックが強引な態度を取らないのは、謎の昏睡状態から回復したばかりという状況だからだろう。
 痩せたなと思いつつ、彼から老後へ至る楽しみを奪ってしまったなと悔恨しつつ、しかしクリスは戻ってきて欲しいというパトリックの思いに応えられないでいる。
(兄様がどうしたいのか、判らないからな……)
 クリスとしてはむろん、ばれやしないかと未知の分野に怯えながら軍人を続けるより、商人の道へ戻った方が楽に決まっている。多少のコツも判っているのだ。それを商売に対する才能にみせかけることによって、クリスティンの死を乗り越えようとする父親を大いに慰めることも出来るだろう。
 だが、クリスにとってはあくまで他人の人生だ。大きく方向転換する舵を切ることは出来ない。あれこれと嘘を並べてやり過ごすことは難しいが、こればかりは勝手にするわけにはいかないのだ。
 父親の含みのある視線を背中に、文字通り部屋を飛び出したクリスは、緊張と不安を抱えながら門を開けた。
「やあ」
「ダグラス?」
 塀に背を預け、軽く手を挙げた人物に驚き、クリスは目を丸くした。優美と言っても良い青年が気安げな笑みを見せている。落ち着いた色の私服に身を包んだダグラスを見て、軍人と言い当てる者は少数だろう。ある種の堅苦しさなど欠片もなく、唯一、隙のない所作だけが彼の職業を伺わせる程度だ。
 同じく私服ながら職業軍人以外の何者にも見えないクリスは、半ば苦笑しながら彼に近づいた。
「伝令というのはお前か?」
「そうだよ。次はレスターの家」
 どことなく飛躍した返答に眉根を寄せれば、ダグラスは中性的な顔に悪ガキのような笑みを浮かべた。


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