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「電撃お宅訪問だよ。ぶっちゃけて言えば、ほら、人の私生活って覗くと楽しいだろ?」
 実に楽しそうな声に思わず頷きかけ、直後、クリスは全力で首を横に振った。正直、私生活を探られては埃が立つどころの話ではない。
「悪趣味」
「そう? はまれば面白いんだけど。とっておきのネタを披露してあげようか?」
「結構だ」
「残念」
 まったくそう見えない表情で肩を竦め、ダグラスはクリスを先導した。彼一人が向かうのかと思いきや、クリスも連れて行くつもりらしい。
 仲間を家まで迎えに行き、誘い合って目的地へ向かう。そんな非効率な集まり方をするのは子供の頃以来だな、とクリスは苦笑の隅に懐かしさがこぼれるのを感じた。あれこれ探られるのは面倒だが不思議と不快ではない。ダグラスが、話し相手としては面白い部類に入っていることも原因のひとつだろう。
 レスターの家は予想外に近く、王都を中央で割る大通りを挟んで向かいの区域に存在した。人口の密集した都会であるためにさほどの広さはないが、門構えからして歴史的な風格を漂わせる邸宅だ。とても四位程度の貴人に得られるような安い物件でないと判る。おそらくは親から受け継いだものなのだろう。レイ家の方が規模は広いが、その凝った意匠は比較にもならない重厚さだ。
 来客を阻むような高い塀は曲線を描くオブジェクトでその印象を和らげ、瀟洒な細工を持った屋根や窓枠が造った者のセンスの良さを感じさせる。それだけでも相当値の張った物件だと、クリスは商人の目で金額を弾き出した。癖のようなもので深い意味はなく、勿論それを口に出したりはしない。
 惜しむらくはあまり手入れのされていない庭木か、と眺め回していたクリスはふと、二階の窓辺に女が佇んでいるのに気がついた。見事な金髪が渦を描きながら揺れている。年若く神経質な印象だが、文句なしの美女だ。噂に聞くレスターの妻に違いない。
「何見惚れてるんだい?」
 横からの声に、クリスはぎよっとして一歩後退した。
「しかし、美人だね。あんな美人放って他と遊んでるレスターって、ちょっと変だと思わない?」
「勿体ない、とは思うが」
「そうだよね。彼女が結婚したとき、いったい何人の男が泣いたと思ってんだか」
 ぼやくダグラスにクリスは曖昧に頷いた。正直なところ、彼の記憶の中にレスターの妻に対する具体的な像はない。クリスがもともとその手の話に疎いということもあるが、佳い女の噂は男が、佳い男の噂は女が、それぞれ性別を異にする者達の方が損得含めてどうしても詳しくなるせいだろう。
 およそ気のない反応に、ダグラスは面白そうに目を細めた。
「ああいう美人とお近づきになりたいとか思わない?」
「どんな美人だろうと、俺は俺の妻以外は必要ない」
 親友を泣かせる男など必要ない、そう思いつつ口にしたクリスの真意は、奇妙な方向に曲がって伝わってしまったようだ。一瞬目を見開き、次いでダグラスは人の悪い笑みを浮かべた。
「いいなぁ。君ってほんといい男だよね。僕が女だったらしがみついて離れないよ」
「……どんなけなし方だ、それは」
「最大限褒めてるんだけど」
 本心だったとしても、あいにくとクリスには全く嬉しくない言葉である。女だてらに格好いいと慕われていた頃ならともかく、身も心も男認定を受けてみると至極複雑な気分になる。 
 ため息を吐き、わざとらしく空を見上げたクリスは、急かすようにダグラスの肩を軽く押した。
「急ぐ集まりじゃなかったのか?」
「だからって何で僕を押すのさ」
「俺はエルウッド家の者と面識がない。お前の方が話が早いだろう」
「僕だってそんなに」
「ダグラス!」
 抗弁しかけたダグラスの声を遮ったのは、今まさに呼び出そうとしてた本人だった。
「家に来るなとあれほど……」
 顔をしかめ大股に走り寄って来たレスターは、ダグラスの隣にいるクリスに気づいて目を見開いた。次いで忌々しげに口元を歪め、ダグラスの胸ぐらを乱暴に掴む。
「一度、痛い目見た方がいいらしいな」
「やだな。仲間同士交流を深めようと思っただけだよ」
「余計な世話だ」
 半ば吊り上げられ、苦しいはずの体勢にも関わらず飄々とした態度を崩さないダグラスに、レスターは深々とため息を吐いたようだった。一時見せた怒気をおさめ、クリスには若干ばつの悪そうな視線を向ける。
 ダグラスから手を離したレスターが口を開く前に、クリスは手で制して彼を止めた。
「よほどの事がない限り、俺はここにはもう来ない」
 何故、と聞くのは簡単なことだろう。だがクリスは敢えてその疑問を飲み込んだ。物わかりの良い人物を演じたわけではなく、相手が探られたくない隠し事を持っていることはクリスにとっても都合の良いことだったからだ。――お互い様という意味で。
 クリスの意図を察してか、レスターは少し笑ったようだった。
「僕の扱い、悪すぎないかい?」
「自業自得だ。それより、何の用だ?」
 後ろ手に門を閉め、レスターは訪問者から家を遮るようにその間に立った。一度わざとらしく咳をしたダグラスが、しかつめらしい表情で一歩前へ進み出る。
「ヴェラ・ヒルトン女史より連絡だよ。正午に法務省1200まで来るように」
 真面目な口調に、クリスとレスターは同時に息を止めた。そうして、異口同音に叫ぶ。
「「過ぎてるだろうが!」」

 *

 法務省1200――特捜隊内で定めたところの財務省中央棟一階二号会議室に遅れて到着した三人は、予想通りヴェラの冷ややかな視線を浴びることとなった。先日とは打って変わった殺風景な室内に、氷点下の風が吹き荒れる。
「揃って朝寝坊かい?」
 行儀悪く机に足を乗せたまま、アランが笑みを向ける。皮肉にしかとれない口調と表情だが、その割に毒性を帯びていないのは、それが彼なりのコミュニケーション方法だからだろう。
「そうだね。僕は寂しく独り寝だけど、他の二人には愛妻がいるから――ぐっ」
 軽口で応じたダグラスの足下で二つの鈍い音が響く。蹲り悶える一名を置いて着席したクリスとレスターは、ヴェラに謝罪の会釈をしてから資料を手に取った。
「今日の主題は?」
 数分もしないうちに紙をめくっていた手を止め、レスターがヴェラに問う。
「バジル・キーツがこの場にいないということは、正式な任務が降りたというよりは、君が彼に提案し、招集許可を貰ったということだろう?」
「一度それぞれの考えと認識をまとめてはどうかと話を持ちかけたのは私です。ただし、招集するに至ったのは、それぞれ顔合わせ以降、突然危険な任務に当たることになるとうまく連携が取れない可能性があるとのことで、一度共に行動してみろという、バジル・キーツの提案に因ります」
「連携、ねぇ」


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