[]  [目次]  [



「似てるだけの奴がそこらへんで捕まりそうだなぁ」
「まぁそれを気に揉んでもどうしようもない。それより、その男は屋敷の管理人だったということだが、実際にはどういう屋敷だったんだ?」
「ゼナス・スコットが愛人を囲っていた場所、というのが一番穏便な回答です。周辺は何もない閑静な場所、避暑地のようなところですから」
「へぇ、じゃあ穏便じゃない方は、そうだな。売られる人間の保管場所ってとこかい?」
 ぎよっとしてクリスは背を震わせた。安物の椅子が容易く軋む。ちらりと彼に目を向けたレスターは、しかし何も言わずにアランに向き直った。
「保管場所として活用されていたなら、組織の拠点として注目を浴びないか? 拠点の再捜査に捜査官ふたりということはないだろう。私が人事を決めるなら、最低四人は派遣する」
「単なる個人の持ち物に捜査官は要らないだろ。どうなんだい、法務省代表どの」
「代表ではありませんが、お答えします。穏便でない言い方をするならば、売りに出される前の人間をそうなる前に手を出す、――場所です」
 ヴェラの声が微妙に震えているのは、怒りが体内から染み出しているためだろう。
「主にはゼナス・スコットが愛人として複数囲い、飽きたら売りに出す、そうであったと見られています」
「なるほどね。で、組織の他の連中もおこぼれに与るろくでもない遊び場所、だったってことかね。薬とか賭博とか含む」
「そういった証拠は挙がっていません。否定も出来ませんが」
「でもさ、掠ってきた新しい女見繕って飽きたらポイ、の繰り返しって、愛人とは言えないじゃない? 明確に愛人だって判るような女でもいたのかい? 具体的なことも言われてるんだから、そっちの証拠は挙がってるんだろ?」
「それも資料にあります」
 冷ややかな声音でアランの発言を斬り、ヴェラは補足事項のまとめられた最後の一枚を示した。
「はっきりと判っているのは、ニール・ベイツの妻とされている女です。名前はダーラ・リーヴィス。多くの女性が出入りしていたという近隣の住民の情報はありますが、彼女だけはずっと屋敷に居たということです」
「彼女も行方不明? 随分不明者が多いな」
「私は当時の捜査官ではありませんので詳細は判りませんが、彼女の場合、指名手配を受けているわけでもなく行方不明のままでおかれているのは、重要人物ではないと当時判断されたためではないでしょうか。先ほどエルウッドが仰ったように、屋敷自体組織の重要拠点ではありませんでしたから」
 資料の中には、ニール・ベイツの他にも多くの組織構成員が逃亡中である事を示す表がある。いずれも文章だけで具体的な特徴を想像するには困難を伴うが、先ほどヴェラが言ったふたりを含め、危険人物が多く残っていると気を引き締めるにはそれで充分だった。
 五年前、かなり大規模な捜索や包囲網が敷かれたことを思えば、これだけの人数を取り逃がしたのはイエーツ国の力不足というよりは、国外にそれだけ協力者、或いは提携組織が多いということだろう。今回の件に他国の組織がどこまで関与しているのかが、”物証”を巡って引き起こされる事件の規模を定めるに違いない。
「今回、大変なものとやらが見つかるまで、ね……」
 呟き、ダグラスは思案するように唇に手を当てた。
「捜査官を執拗に狙うってことは、組織はその”物証”が何なのかを把握していて、でも行方が判らなかったってことだよね。そうなると、それが見つかったあの屋敷に、他にも何かあるんじゃないかって考えるんじゃないかな」
「そうかねぇ? そんな重要な物を一カ所に集めておくとも思えないね。法務省はどう動いているんだい?」
「先ほども言いましたが、未捜査の部分が多いため現在例の屋敷には捜査は回っていません。捜査官の遺体の回収後ひととおり調査したあとは、軍の巡回経路に加えて貰ったという程度です」
「じゃあ、そこをもう一度見てみるってのも手じゃないか? 可能かい、ヒルトン?」
「問題ありません。基本的に発足人の責任のもとに大概の行動は許可されています」
 全ての行動の責は発足人、つまりオルブライト財務長官に及ぶとわざわざ明言しているのは、当てつけか釘さしか、或いはその両方か。過敏に反応を示したアランは、立ち上がるかのように椅子を押した。艶の落ちた床が摩擦に悲鳴を上げる。
(懲りないな)
 場を仕切るつもりはないが、前回大見得切った以上、クリスの方にも中立を示す必要がある。吹き込みかけた冷風を払うように、クリスは高く手のひらを鳴らした。
「では、手始めに例の屋敷を自分たちも確かめるということでいいのか?」
 一瞬、音が止まる。ひとことの皮肉から話が逸れていった前の集会を思い出したのだろう。ヴェラとアランはさっと頬に朱を昇らせ、他のふたりは揃って肩を震わせた。
「……ダグラス、レスター」
「ごめん」
「済まない。いや、私もその方向でいいとは思うが、……そうだな、ひとつ、確かめたいことがある」
「何?」
「ヒルトン、少し話は逸れるが、組織を介して売られていった人たちについては何か資料はあるか?」
 笑いを収めた真面目な声に、戸惑いながらもヴェラははっきりと頷いた。
「では、件の屋敷について記憶のある者は?」
「なかった、と思います。たとえそういった者が居たとしても匿名での記録ですら残っていない以上、大した証言ではなかったと推測されますが」
「それなら……」
「エルウッドは被害者に興味でもあるのか?」
 語尾を奪うように強く割り込んだのはアランである。
「僕は止めた方が良いと思うけどね。相手は被害者だろ? 五年かけて癒されていった傷に、あんたは塩を塗ってまた痛ませる気か?」
「そういうつもりじゃない」
「でも話を聞きたいんだろ? 自分の考えの裏付けか新たな証言を求めてかは知らないけど。同じ事さ」
 反論するように口を開きかけ、レスターは結局言葉を飲み込んだようだった。どれほど丁寧に接しようと、無理しないよう付け加えようと、思い出すという行為自体が相手にとって苦痛となることもある。人身売買の被害に遭った人々なら尚更だろう。
 アランがそれを指摘したことに若干の意外性を覚えながら、クリスはレスターの肘を小突く。レスターはおそらく自分の弁護はしない。だからこそ彼の考えを聞いておくべきだと思った。
「確かめたい事って?」
「捜査官は堂々と屋敷に入れる。だが彼らを狙う者は隠れて行動しなければならない。食料や必要な備品はどこにある?」
 なるほど、とクリスは頷いた。捜査というからには屋敷内をくまなく探られることになる。町からは遠く他に建物もないとなれば、拠点は屋敷周辺ということになるだろう。四六時中見張ることの出来る箇所、或いは盲点となる隠れ場所があるはずだということだ。
 五年前の時点では当然、そういった視点では調べられていないだろう。だからこそ、もう一度聞けるなら話を、ということだ。
「……そうだな。確かに、捜査のプロが調べて残すようなことを、素人が見つけ出せる確率は低い」
 呟きに、レスターは小さく首肯した。動きに合わせて鈍く椅子が軋む。そしてそれを最後に沈黙が落ちた。


[]  [目次]  [