具体的な感想を避けたような返答に、クリスはわざとらしく肩を竦めた。生者の営みに口を出す気はないのだろう。
「で、何を言いに現れたんだ?」
「確認しようと思って」
「何を?」
「君が、本来やるべきことを忘れてないか」
探るような物言いに、クリスは強く眉根を寄せる。心外とまではいかずとも、疑問を抱かせるには充分な問いだ。
「勿論、忘れるようなことじゃない。日常生活を送るというか、兄様らしい生活をするために、そっちに時間を割けないのは悪いと思ってるけど」
「うん、そうだよね」
「じゃあ、なんで?」
「定期的に確認しないと、周りが煩いんだよ」
なるほど、とクリスは苦笑する。
「それだけ。ごめん、時間を取らせたね」
「いいよ。当然のことだし」
本来なすべき事に集中できていないのは確かだ。ここしばらくダグラスと共に行動していたため、ゲッシュの方から接触できなかったことを思えば、気分を害するほどの事はない。
クリスが頷いたのを認めてか、ゲッシュの声はそこでぴたりと止んだ。呼びかければ応答はあるのだろうが、別段今、クリスの方から彼への用事はない。もう一度肩を竦め、クリスは現場検証を再開した。
はがされた床板の一部に作られた空間はさほど大きくはない。”物証”はせいぜい片手で持てるサイズだろう。
(他にそれが何であったかを伺わせる証拠はなし、か)
あからさまな証拠があったとしても、それは既に法務省の者が回収しているだろう。
現場に拘る気はなく、クリスはそこを中心に捜索範囲を広げていった。
(あの頃は確か雨が降ってたはず。このあたりは水はけも悪い。となると、亡くなった捜査官も一泊くらいした可能性がある)
思い、比較的風雨にさらされていない部屋を探ることにした。基本的にどの部屋も外に面し大きな窓が設えられているため、そういった場所は限られている。奥まった箇所にある書斎、食料を保存しておくために設けられた半地下の貯蔵庫といった具合だ。
いずれの部屋も不自然に広く感じられるのは、五年前に多く運び出されていったためだろう。汚れきった絨毯や黒ずみ剥がれている壁紙を見るに、当時相当豪奢な屋敷であったことが偲ばれる。国庫も当然無尽蔵ではなく、押収した物品を売りさばいて足しにすることも多々あるのだ。
(生活に必要な施設は一階、二階は主の部屋と客室、か。……となると、珍しいけど使用人の部屋は上か?)
玄関ホールにある装飾過多の階段は、二階までしか伸びていない。一階、二階と満遍なく見て回ったクリスは、外観を思い出して首を傾げた。
おそらくはどこかに隠された登り場がある。しかし、どこに在るのかが判らない。
(捜査されてる場所なんだから、みっちり隠されてるってことはないはずなんだけど……)
もう一度、とクリスは一旦一階へと階段を下った。そこに、灰色の髪を見つけて手を挙げる。
「ダグラス」
「もう中は見終えたのかい?」
「いや、ダグラスは、三階への行き方を知ってるか?」
「三階……? ああ、あそこね」
ダグラスは肩を揺らせた。
「丁度良かったよ。レスターに縄を返しに行く途中だったんだ」
「縄?」
「三階は、後付けの梯子を登ってじゃないと行けないんだ。けど、見ての通りの有様だから、梯子も危険なくらい朽ちてしまってたみたいだね。それで、廃材みたいな家具を使ってレスターが上まで上がって縄梯子を作って、それで行き来してたらしい」
廃屋に近づく者がいるとは思えないが、万が一を考えて最後に外して町に戻ったのが昨日。それを今日ダグラスが借り、今し方使い終えたところなのだろう。
「貸してくれるか?」
「僕も行くよ」
「何故?」
「面白そうだから」
正確なところを答えるつもりはないのだろう。クリスにしてみれば、問いただす気も起こらないとはこのことだ。娼館に向かうときもそうだったが、残念なことに主導権はダグラスにある。縄の持ち主であるレスターに直接話を付ければ彼を無視することもできるが、そこまでする必要性もまた感じないあたりに妙な苛立ちを覚えるクリスだった。
「じゃあ、はりきって行こうか」
渋面のクリスの服を引き、ダグラスは厨房へと向かった。
「あの貯蔵庫の奥の天井が、吊り下げ式の階段になってるんだよ。で、このちょっと長い火かき棒を使って、よい、と」
鉤のついた鉄の棒で探られたあたりの天井が、鈍い音を立てて揺れる。濁音だらけの高い音が規則正しく響き、少しずつ細長い階段が天井から斜めに滑り落ちてきた。存外に動きが滑らかであるのと、そうそう埃立ちしないのは、この二日で何度か上げ下ろしされているせいだろう。
呆れ、クリスは何度も瞬いてダグラスを見やった。
「よく見つけられたな」
「まぁ、一応諜報部だし? でも、昨日行き来した痕跡があったからそう難しい話でもないよ」
すっかり忘れていたクリスは、何とも言えずに口をつぐむ。
「昨日はヴェラが持ってきた資料から判ったみたいだけど。……っと、じゃあ、昇ろうか」
完全に固定された階段を昇り、少し進んだ先でダグラスは再び鉄の棒を取り出した。そうして縄の先、輪を作って括られた部分に鉤を引っかけ、薄暗い天井を探る。先だって同じ事をした経験があるためか、迷っている様子はない。
程なくして上に作られた杭に縄がかかり、それを伝ってクリスは難なく三階へと上がることに成功した。
三階は、簡潔に述べるなら狭い、の一言に尽きるだろう。採光窓しかないことも多いため、屋根の落ちている一部分を除き保存状態は良い部類に入るが、埃っぽさとすえた臭いは如何ともしがたい。
「隔離しておくための部屋か……」
天井は低く、長身のクリスは屈んで歩かなければならないほどだ。通路の幅もまた、人ひとり通るだけで精一杯だろう。手間のかかる二重の隠し階段、そして奇妙な造りを見れば、使用目的は自ずと明らかになる。
嫌悪感に顔を歪め、クリスはひとつひとつ部屋を巡り歩いた。
「でもやっぱりモイラが言ったみたいに、そう大人数は置けない感じだよね。まぁそんな大規模な場所だったら、法務省でももっと警戒していたはずだし、こんなものかな」
「使用人の逃亡防止にもここを使ってたなら、臨時で人を入れ替えできるのはせいぜい二、三人程度か」
「そうだね。確かにこれじゃ、五年前の法務省が組織の拠点に分類しなかったのも判る」
「隔離という意味では厳重だが、悪い言い方をするなら、組織として大人数を扱うのには明らかに不向きな狭さだ」
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