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「妙な部屋だ」
「妙、とは?」
「壁や床に残った跡から察するに、それなり、いや、三階の取って付けたようなベッドと歪んだ机しかないような部屋よりまともな部屋だったように思う。絨毯の跡や、天井の組み方、壁も丁寧な造りになっている。しかし、部屋のある環境そのものは監禁場所と言った方がいい。だから妙だと言った」
「特別な、例えば――悪く言えば高く売れそうな人間を閉じこめておいたのではないでしょうか?」
「その可能性もあるが、三階にこういった一室を作らなかった理由がわからない。それに」
 クリスは地下室に視線を落とし、指で顎を掻いた。
「奥の壁だが、どうも以前は扉があったような様子だ。丁寧な仕事でカバーしているが、他の三方の壁とは微妙に感じが異なる気がする」
「奥に隠し通路でも?」
「いや、完全に塞がっている様子だ。もしかしたら、上に上がる階段でもあったのかもしれない」
「階段……はあり得ますね。粗末な造りではない場所に不安定な鉄の梯子で出入り、というのは確かにおかしな話ですから」
 思案するように頷き、だがヴェラはすぐに頭振った。何年も前にどう使われていたか、謎を解明していくという行為にどれだけ興味そそられようと、今特捜隊として追っているものには直接関係がないのだ。
 やがてダグラスとアランが穴から出て埃を払い、全員がその場に揃うこととなった。到着してから数時間、そろそろ陽は中天から斜めに下がりつつある。それぞれが集中していた結果だろう。
「そういえば、クリスとダグラスは三階で何をしていたんだ?」
 水筒の水で喉を潤したレスターが、思い出したようにクリスに目を向けた。
「縄を貸してからだいぶ経つが、まさか、隠し部屋でもあったのか?」
 軽口に、二対の目が交差する。挙動不審を絵に描いたような反応に、レスターは何度か瞬いた後強く眉根を寄せたようだった。
「ダグラス」
「だから、なんでそういうときは僕を呼ぶかな」
「お前の方が口が軽い」
「断言しないでよ。傷つくなぁ」
 ぼやくダグラスにクリスは苦笑を向ける。ようは、付き合いの長さの問題なのだろう。
「で、何かあったのか?」
 重ねて問うレスターに、ダグラスは口を尖らせながらも他のふたりに声をかけた。直前、ヴェラが周囲を見回すように首を巡らせたのは、周囲を警戒してのことだろう。全員、昨日に引き続き不審な人影や物音などに遭遇していないことから、十中八九、「敵」側の人間もここを引き払ったと確定できるが、安全かと言われれば否定せざるを得ない。
 ダグラスが鍵の発見に至る経過と隠されていたものの概要を説明したところで、クリスは懐から件の鉄鍵を取り出した。
「確かに、これだけでは何の鍵かはわかりませんね」
「特定は出来るか?」
「判りませんが、ごく個人的に作られたものや受注生産されたものでなければ、型の似通ったものからある程度特定できるでしょう」
「どこに行けば判る?」
「法務省を通せば複数当たれます。法務省に持っていきましょう」
「待てよ」
 ダグラスと同じ意見のヴェラの言葉に異を唱えたのはアランである。
「あんたは今、法務省の仕事でここにいるわけじゃないだろ。財務省長が発足人の特捜隊での仕事だ。法務省に持っていくのはお門違いだろ」
「この国の問題です。派閥で争っている場合ではなく、最も効率の良い場所へ相談を持ちかけることの何がおかしいのですか。発足人は単なる上司でも相談役でもなく、結果を求めるスポンサーでしょう。途中経過にまで関わらせて患わせるつもりですか?」
「何もかもすっ飛ばされて、最後にこうでした、って報告じゃ発足した意味がないだろ。あらゆる経験の足りてない若いメンバーで勝手に動き回って、浅はかな行動で結論出して、自己満足な結果だけを報告するつもりかい?」
 言葉だけは冷静に吐くふたりの間に、青い火花が散る。一歩離れたところで、軍部の三人はそれぞれの主張に耳を傾けていた。
 どちらの言葉にも一理ある。そしてどちらにも頷ききれないところがある。
(だからといって、第三の道を考えられるほど、伝手があるわけじゃないし……)
 考えあぐねるクリスを横に、発言を促すように声をかけたのはレスターだった。
「見つけたのはクリスだろう。君の意見はどうだ?」
「俺は……」
 少し考え、クリスは結局思うことをそのまま口にすることにした。
「さっきダグラスにも言いかけたことだが、……特捜隊の主は財務省長に当たるだろう。法務省の捜査を補助する役目も負っているとは言え、報告くらいは先にそちらにすべきではないか?」
 明らかに、ヴェラが落胆したように口を曲げる。
「だが、ユーイングの言うような理由は思っていない。絶対的な存在として指示を仰ぐ為ではなく、あくまで報告の義務を帯びているという意見だ。最終的には法務省の専門メンバーを訪ねるのがいいと思う」
「折衷案だな」
「そう言うレスターの意見を聞かせて貰おうか」
「私も同じ意見だ」
 躊躇いもない科白に、クリスは白けた目を向けた。それを受けレスターは、どうにも底の見えない微少を返す。本心か、単にうやむやにするために便乗しているだけなのか、判別の難しい表情である。
 深々とわざとらしい息を吐き、クリスは残る三人を順に見回した。
「僕は異論ないよ。最終的に判れば何でもいい」
「財務長官に迷惑がかからないのであれば、僕も問題ない」
「……いいでしょう、では、その通りに。ただし、発見の報告は私の方から法務省へも行います」
「ああ、むろん、それはその方が良い」
 クリスにはもとより、派閥に拘る気持ちも義理もない。このような大事に無関係であることが最も望ましいのは確かだが、関わってしまった以上は自分の身にも関係のある事件について解決して欲しいという思いもある。情報が一部の間で握りつぶされるのだけは避けたかった。
「とりあえず、それはあなたが持っておいてください」
 この場合、誰が持ったところで安全とも危険とも言い難い。発見者に委ねることが、一番無難であるということだろう。
 頷き、クリスは再び懐へと鍵を仕舞い入れた。
「早速だが、戻るか? それとももう少し見て回るのか?」
「そうだな、今から町へ戻ったとして、……駄目だね、出発出来るのは夕方、で、夜中になる前に着けるような町はないな」
「村ならあったはずだが」
「五年前までの領主の統治が酷かったせいで、小規模な村は閉鎖的なのさ。ガタイのいいのを混ぜた五人を泊めてくれるはずがない」
「それもそうですね……」


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