[]  [目次]  [



7.


 貴重品の発見そして強奪の夜から急ぎ王都へと戻った、その更に翌日。バジル・キーツからの正式な緊急招集受けて渋々ながら指定の場所へと向かったダグラスは、予定時間を過ぎたにも関わらず閑散とした室内を見て何度も目を瞬いた。
「あれ? 他の三人は?」
 ひとり、行儀悪く机に脚を乗せていたアランに声をかける。ダグラスの入室にとうに気づいていたはずの彼は、いつもと同じ皮肉気な笑みを浮かべて肩を竦めた。
「中止」
「はぁ?」
「だから、中止。頭の硬い女は法務省の急用、レイは用事で参加拒否、エルウッドは連絡がつかない」
「まぁ基本、本業優先だけどさ。ヴェラはいいとして、クリスはどうしたんだろう。仕事優先しそうなのにな」
「墓参りだと」
 簡潔な答えに、ダグラスは再び瞬いた。そうして、ああ、とため息を吐く。
「そういや、ひと月経つんだね」
 アランはさすがに、黙って頷いた。
 見上げた窓の外、青い空を雲が薄く流れていく。

 *
 
 王都を見下ろす丘には、いつも風が吹いている。点在する木々の枝葉をさやさやと鳴らし、そこに住まう虫の音を死者の慰めに運ぶためだと言われているが、それは生者が作り出した感傷に過ぎないのだろう。
 簡素な柵と囲いだけの門を越えれば、なだらかな傾斜に様々な形の墓石が立ち並んでいる。所によっては薔薇のアーチが設えられたりと、多民族住まう土地であるためかなかなかに変化に富んだ風景だ。足下はすり減った石の道をして整備されているところもあれば、短い草が揺れる斜面だけの場所があったりと、長い年月をかけて裾へ裾へと広がっていった経緯が見て取れる。
 その一角。クリスティン・レイ、善良なる魂ここに眠る。そう簡潔に彫られた墓石を前に、クリスは微苦笑を禁じ得なかった。自分の墓参りをするなど何の笑劇かと思いたいが、残念なことに見えている世界の方が正常なのである。実際にクリスティンの肉体は灰となり、ここに埋められているのだ。
 表現しがたく複雑な思いのまま、クリスは真摯に祈るエマの背を見つめた。
「あまり無理はするな」
 悪阻はそう酷くないとはいえ、安定期にはまだ遠い。遠回しに帰ろうと促せば、エマは哀とも慈ともつかぬ微笑を浮かべてゆっくりと立ち上がった。
「クリスが言ってますわよ」
「何?」
「相変わらずせっかちだ、ですって」
 目を丸くすれば、エマは声を上げて笑った。
「そういう表情、そっくりですわ」
「……からかったか」
「いいえ! はじめてここにいらしたのですもの。クリスと少しお話をされては?」
 墓に向かい、近況報告や元気であると言うことを語れ、ということだろう。何とも反応に困る提案である。そも、自虐的な発想など持ち合わせていない。今ここに立っているのも、むろん、エマの強い希望に因る。
「あなた、最近お昼は忙しくされてますもの。私には言えないこともありますでしょう?」
 深読みすれば当てつけとも取れる科白だが、エマはそういった芸当のできる女性ではない。純粋に仕事に東奔西走している、と思っているのだ。嘘とは言わないが、用事がなくともなるべくひとりでいるよう心がけている――むろん、下手に喋って不審を抱かれないように、だ――クリスにしてみれば、皮肉を口にされるよりも胸の痛いところである。
(報告、ねぇ……)
 いつまでも動こうとしないエマに合わせ、クリスは目を閉じて祈るように指を組んだ。
(いつまでも、未練がましくて悪いとか、全然進展なくてすまないとか……。これじゃ、兄様かゲッシュへの報告だな)
 違うな、と一度手を解き頭を掻く。
(兄様の仕事は冷や汗だらけだけど、面白いこともあるよ。なんかギスギスした関係だけど、皆最終的に仲良くできればと思ってる。失敗ばっかりしてるけど、頑張るから)
 自分への報告となれば、自然、決意表明に近いものとなる。早くあるべき姿に戻るよう努力すると、そう誓えばわずかに胸が痛んだ。
(――……)
 眉を顰め、心の底を這う感情を掃き捨てるようにクリスは頭振る。それを見て、エマは困ったような笑みを浮かべた。
「何をお話されてましたの?」
「いや、他愛のない話だ」
「そう。でもそれでも、クリスなら喜んで聞いてくれてますわ」
 どうだか、とクリスは肩を竦める。
「あら、あなた、ご存じなかったの?」
「何を、だ」
「クリスとすごく仲が良くて。私、かなり妬いてましたのよ」
「は?」
「クリスはあなたのことが大好きでしたから」
 ある種爆弾発言に、クリスは驚きのあまり仰け反り、そのまま一歩後退した。
「あら、本当にご存じなかったんですか?」
「いや、大好きという表現には語弊があると思うが」
「そんなことありませんわ。だって、私そっちのけでふたりで楽しそうに話していたりとか、しょっちゅうでしたわよ」
 それは純然たる誤解だ、と叫びそうになるのを堪え、クリスは額を押さえた。なんてことはない、要するにクリストファーの無口とエマの引っ込み思案に起因する、仲介人がひとりで場を取り持たせようと喋りまくる、あのパターンだ。
 だが、呻き罵りたくなる一方で、しんみりと思う気持ちも存在する。エマから見てそう思えたということは、他人から見ても兄妹の関係は満更ではなかったということだ。何を考えているのか判じづらいクリストファーであったが、ちゃんと妹のことを認めていてくれたのだと思えば安堵するものがある。
「兄妹の間柄に嫉妬するなんて莫迦みたいな話ですけど、時々入り込めない感じがしたのも本当ですよ?」
「まぁ、そう思ったのならそうだったのかも知れないが」
 言いかけ、クリスは悪戯を思いついた顔でにやりと笑った。
「嫉妬嫉妬と言うが、どちらにしてたんだ?」
「え?」
「クリスティンにしてたのか? それとも俺の方にしてたのか?」
「え、え、えーっ!?」
「お前とクリスティンは、やたら仲が良かったからな」
 自分で断定するのもどうかとは思うが、からかう為のネタだと割り切って素知らぬ風を装う。


[]  [目次]  [