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 一度言葉を止め、ヨークはクリスに目を向けた。
「もうひとつは、あなた方という素人を入れた方が良いという理由です」
「は?」
「話には聞いています。先日、件の”物証”が発見されたと同じ屋敷で、更に発見があったそうですね。残念な結果に終わったとは聞いていますが、それでも何か見つけたことには変わりません」
「それは、偶然が働いただけだと思うが」
「ええ。子供の頃知っていた人形を触っていたら偶然何かを見つけた、とか、歩いていて木の根に引っかかったと思ったら地下室があった、とかは、まぁ、普通はありませんから」
 言葉の終わりを待たず、はっきりと顔を歪めて口を開きかけたアランを制し、クリスはヨークの視線を真っ向から受け止めた。明らかに面白がっている言葉である。だが、文字面通り莫迦にしているかと言えば、そう単純なものではないように感じるのだ。
 そうしたクリスの思いに気付いたように、ヨークは目を弓なり曲げ、口の端をくいと持ち上げた。
「決まった手順、効率よく定められた捜査のセオリー、そうした安定した能力とは別のものが必要なときもあるのですよ」
「そう単純に思っているようには見えないが」
「おや、そうですか? ですが本当のことですよ。例えば、落とし穴があるとします。我々は実にそれを効率よく発見し、回避します。それに素人が引っかかったとしましょう。もしか、その落とし穴の落ちた先の隅に、罠を仕掛けた者が何かを落としていたとしたらどうなりますか? 落ちて、不自由な姿勢にならないと見付からないとすればどうですか?」
「そういうことがあり得るかどうかはともかく、要するに、熟練の捜査官が無意識に回避する罠なり敵からの仕掛けなりに、わざわざ引っかかることを期待するということか?」
「ぶちまけてしまえば、そういうことです」
 なるほど、とクリスは頷いた。素人の目線が必要なわけではなく、素人が莫迦をするその裏にある罠、そこに残る経緯の残滓が必要なのだとヨークは言っているのだ。そう思えば、納得しきれない部分はあるが、一応の理解は出来る。
 いまいち感情の読み取れない黒い目を見ながら、クリスは冷静を装って口を開いた。
「前者の理由は理解できた。後者に関しては、期待するな、とだけ断っておく」
「承知の上ですよ。偶然に縋るほどおちぶれてはいませんから」
「ではもうひとつ」
「なんです?」
「俺は、演技などできんからな」
 真面目に言い切ったクリスに向けて、ヨークは目を丸くした。そうして、一拍おいて腹を抱える。――要は、爆笑だ。
「あはははは、あなた、面白い人ですね!」
「本当のことなのだが」
「でも、いいですねぇ、捜査官ごっこ。専門知識も出てくる本格的なものができますよ!」
 実に楽しそうにあれこれと計画を語り出すヨークを前に、アランが呆れた声で呟いた。
「……僕には、こいつのツボがわかんねぇんだけど」
「心配するな。俺もだ」
 頷きながらクリスは、アランの言葉遣いもだんだん崩れてきたな、とぼんやりとそう思った。

 *

 王都から馬車で半日ほど走った場所に、件の物件を抱えた街は存在する。規模としてはさほど大きくもないが、王都から次の商業都市へ向かう中継地点として古くから栄えているだけあって、人の出入りは非常に多い。
「まぁ、多いということは、制限もしにくいというわけですが」
「街の城壁が六角、当然門も六つ、か。住民の多さや街の面積によって駐屯軍の規模が決まる以上仕方ないが……、穴も多そうだな」
「ええ。だからこそ、ここに拠点を構えた、ということでしょう。王都に近く他国との行き来に便利な街道沿い、うってつけの防御の甘さ、ここまで揃っていて見逃す手はありませんから」
 馬車を降りてすぐの通りは、多くの人で賑わっていた。さすがに王都とは比べようもないが、やはり規模を考えれば相当な密度と言えるだろう。主には商人、旅人、次いで近隣の町村からの買い付けなど、見知らぬ者の方が大多数を占める通りでは、多少の怪しい行動など容易く埋もれてしまうに違いない。
 軍が警備を強化し、公安も役所の警備だけでなく、手を広げて街の小犯罪をこまめに取り締まれば、と誰もが思う解決法は、建国から一度も実行されたことがないのが現実である。少数精鋭と言えば聞こえの良い軍隊は、言い換えれば慢性的な人手不足、公安局を抱える法務省の方も同様で、要するに財政と人件費を秤にかければ、現状維持が精一杯、という状況だ。更に言えば周辺諸国から警戒されるこの国で、安易な軍備増強は明らかな下策と言える。
(それでも上手く外交を進めればそっちは解決しそうだけど……)
 法務省をまとめるセス・ハウエルが重症の今、財務省のルーク・オルブライトだけではむしろ周辺諸国を押さえ込むことだけで手一杯、といったところか。本来最終決定権を持つ国王と、その補佐をするはずの機関は、即位当初から全く期待されていない。軍務長官はなかなかの辣腕家という評判だが、軍部が政治に口を出すのは法律で徹底的に禁止されている。
(早くこの事件が解決しないとなぁ)
 ここで財務長官まで倒れた日には、国そのものが大きく傾きそうだとクリスはため息を吐いた。
 それぞれの感想を胸に街の大通りを抜ければ、ほどなくして比較的閑静な一帯へとたどり着く。流れの悪い人波にいささか辟易していた面々は、示し合わせたように同時に伸びをした。
「……さすがにあの人混みはないですね」
 そこを抜けて目的地へ行くことを提案したヨークが、若干の気まずさと共にひとつ咳をする。
「さて、この先は所謂金持ちの家が続きます。もうすぐですよ」
「そう願いたい」
 緩く首を横に振れば、アランが皮肉っぽく口端を曲げたようだった。
「何だ?」
「いや、あんたが疲れてるのはおかしいだろ。この中で一番体力あるんだから」
「気分的なものだ」
 今更、この程度の嫌みなど気にするほどでもない。素っ気なく答えたクリスは、ふと、雑踏でのアランを思い出して首を傾げた。奇妙な印象だが、どうにもアランは「慣れている」ような感じを受けたのだ。
 思い、率直に疑問を口にする。
「意外だが、お前は元気そうだ」
「……まぁ、あんたを含め、位持ちのお上品な育ちじゃないんでね」
「俺は無位だ。それに品のある生活などしていない」
「どうだか。少なくとも、ゴミの掃きだめに免疫はないだろ」
 まるで自分にはあるような言葉に、クリスは眉を顰めてアランを見やる。気づき、アランは舌打ちをしたようだった。


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