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(だからこそ、わざと怒らせるような態度を取っているようにしか見えないんだよね)
 ヨークが何を隠そうとしているのか、何に気づかせまいとしているのか、そう考えてクリスは唇を引き結んだ。
「ヨーク・ハウエル」
 低く呼べば、一瞬、ヨークの目に警戒の色が浮かんだ。
「何を探している?」
「何言って……」
「あなたは頭が切れる。だが裏であれこれと画策して人を翻弄するほうが得意だろう。なのに現場に出た。それは何故だ?」
「その説明なら、初めしたはずですが」
「違うな。あれが本当の理由なら、俺たちを嵌める必要も操る必要もない。いくら敵の目を欺くためだったとしても、伝える方法はいくらでもあっただろう。それをしなかった。つまり、俺たちにあなたから気を逸らさせる必要があったのだと解釈した」
「私が、――人が私の思惑通りに踊るのを見るのが好きなのだとは思いませんか?」
「そういう奴はな、初めは大概下手に出るんだよ。使っていたと思っていた人間に実は使われていた、なんてそういう奴らの好きそうなシチュエーションだ」
 具体的な例を知っているのか、吐き捨てるように言い切ったアランに続き、クリスも口を開く。
「あなたは違う。効率重視で二度手間は極力省くタイプだと思う。だから俺たちに戦闘を押しつけて、その間に何かをしようとしていたと考える。――アラン」
「な、なんだよ」
「通常、こういう取り押さえられた物件は、余程のことがない限り入れない。入ったとしても同行者が必ず要る、違うか?」
「……合ってるよ」
「と、いうことだ。あなたは以前からここか、他にも候補があったのかは知らないが、探りたいことがあった。だから今回はいい機会だった。でもそれを俺たちに知られるわけにはいかない。だから一計を案じた。違うか?」
「さぁ……」
「邪魔な俺たちを引き離すにはどうすればいいか。単独行動を提唱すれば簡単だが、建前から外れすぎる。ならば、俺たちの目を他に逸らせばいい。そうしてあなたに構っている状態でない状況を作りあげた。それも、騙し手に近い形で」
「……」
「その結果、俺たちにはいいように使われた、という印象しか残らない。戦っている間、安全な場所に隠れていたと悪し様に思われれば御の字、ってところか?」
 誤魔化しは許さないとばかりに、クリスは目でヨークを圧した。アランも余計な口は挟まない。ただ、紙片を握る手に力を込める。
 しばらくのにらみ合いの後、観念したようにヨークが首を横に振った。それはおそらく、肯定、或いは降参の意なのだろう。
「あなたこそ、人を騙すのが上手い」
「は?」
「真っ直ぐなだけが取り柄の脳筋タイプだと思っていたのですが、みくびっていたようです」
 随分な言われようだ、とクリスは口元を引き攣らせる。
「ですがまぁ、いいでしょう。気づいたことに敬意を表して、話せるところまではお教えします」
「はじめから、隠し事はなしで願いたかったが」
「勿論、はじめに言った理由も嘘ではありませんよ。ですがまぁ、全てさらけ出せというのは無理な話ですね。それぞれの部署に思惑があります。個人的にも。ただ、積極的に妨害する意志がないだけ、私はまだ良心的な方だと思いますよ」
 ものは言い様である。だが、全員が全てを洗いざらい吐き出しての情報共有など、現実的に求める方が間違っていることも確かだ。特捜隊として集められた面々の目的ですら定かではない状況を顧みれば、ヨークが裏の目的を抱えていたところで不思議でも何でもない。それを、おそらくは部分的にとはいえ聞くことが出来るのだから、むしろありがたい流れだと見るべきだろう。
 クリスが頷いたのを認めて、ヨークは目を細めた。
「私が探しているのは手帳です。黒い手帳だったとは聞いていますが、実物を見たことはありません」
「は? それをどうやって探すんだい?」
「あなたが盗った紙切れ、それが手帳の一部です。それをもとに探しています」
「……気の遠くなるような話だが」
 アランの持っている紙は、古びて黄ばんではいるが、他に特徴らしい特徴はない。破られたページと合致すれば確かにそうだという証拠にはなるが、その程度だ。
 クリスとアランの疑問を読み取るのは、さほど難しいことではなかっただろう。くすりと笑い、ヨークは厳かに、まるで何か大切なことを宣言するように続きを口にした。
「手帳の元の持ち主はバーナード・チェスター。何代か前の財政局局長であり、かつて私の父、セス・ハウエルと共にサムエル領主、ゼナス・スコットを追った人物です」
「!」
 目を見開くアランが口を開く前に、クリスは牽制するように一歩前に出た。アランは財務長官に傾倒しているふしがある。反論が飛び出してくることは想像に難くない。そしてこの場合、話の流れを遮る類の言葉は、極力避けるべきだとクリスは判断した。
「つまり、手帳の主は、志半ばにして斃れたということか」
「その通りです。何者かに嵌められて。もちろん、公式記録にはそんなことは一行たりとも載っていませんが」
「しかし何故、今頃になってそれを?」
「私にとっては今更、ではないのです。ずっと探しているものですので」
「法務長官と知り合いの物というなら、法務長官が知っているのではないのか?」
「父が教えてくれるわけありません。そんなものを探してどうする、といった具合です。私は……、まぁ、これ以上は秘密とさせていただきます。話せるのはここまでですね」
 要は、ごく個人的な理由からの探索であり拘りである、といったところか。それに振り回された身としてはどことなく腑に落ちないものも感じるが、法務部の極秘任務などと言われるよりは遙かに納得できる。
「それが、今回の”物証”の件に関わる可能性はあるのか?」
「ある、と言えばあるかも知れませんね。人身売買組織関連のものではありますから」
 だがおそらく、手帳が明るみに出たところで、目新しい情報を得ることはまず期待できないと考えた方がいいだろう。五年前の大事件を経て、多くのことは明らかになっている。それより以前に個人的に行われた調査内容が、それをさらに覆すようなものだとも思えない。
 唯一、その可能性があるとすれば、手帳の持ち主と共に戦ったはずのセス・ハウエルが、自身に都合の悪いものを闇に葬ろうとした場合だが、――実の息子に手帳の存在を知られている時点でそれはないと見るべきだろう。
 であるとすれば今のところ、クリスがヨークの拘るものに食い下がる理由はない。
「……ひとつだけ」
 アランから受け取った紙片をヨークに示しながら、クリスは興味のままに問うた。
「ここに書いてある日付は、何を意味するのか知っているのだろうか?」
「意味は知りません」
「ということは、何を示すのかは知っていると?」
「ええ」
 即答に、はぐらかされると踏んでいたクリスは、否、横で聞いていたアランもまた、ふたり揃って瞠目した。
「下半分に書いてある番地ですが、これは私が昔住んでいた場所です」
「つまり、法務長官を示す?」
「父が持っていたものですから、そうなるでしょう」
「日付の方は?」
 促せば、ヨークは一転して自嘲に近い笑みを浮かべた。そうして、見えない何かを探すように目を伏せる。
「11月14日――手帳の持ち主だった、バーナード・チェスターが自殺した日です」


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