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「法務省や軍部も王宮にはおいそれと手入れできないからか?」
「それもあるね。でも五年前はさすがに捜査官が王宮もくまなく見て回ったはずだよ。そういう意味では、簡単に利用できるような抜け道ってのいうのはないと思う。ただ、古い城だから、王族とか侍従とかしか知らない隠し通路があったもおかしくはないんじゃないかなぁ」
「そんな門外不出の情報は、さすがに流れないんじゃないか?」
「一子相伝でもない限り、どこかで情報は漏れるよ。この国は特に、色んな国がくっついて出来てるから、昔は王族の直系傍系の入れ替わりもかなりあったみたいだし、所謂高貴な血筋の方々には広まってるかも。クリスが追ってた連中が、そういう奴らからどうにかして情報を得たってことは否定できない」
 どうにか、とぼかしてはいるが、答えは単純だ。王宮にまで権力を食い込ませるほどの人物がひとり居れば事足りる。そして、五年前に自殺した組織の首魁は一位貴人であり、いち地方の領主だった。
 当時の情報がどこまで残っているのかは不明として、多くの情報が流出しただろう事は間違いない。だが、五年。それらの悪用を防ぐための対策にまで手が伸びていないのが現状だ。
「でも、クリスはいったい、どのあたりまで追いかけたんだい?」
「それが判れば苦労はしない」
「……威張って言う内容じゃないよ」
 呆れた声に、クリスは同意を示すように肩を竦めた。実際のところ、今同じ道を探してみろと言われたところで、そこがそうだという確証すら持てないだろう。
(レスターなら判るかも知れないが)
 少なくとも、クリスよりは迷いのない足取りだった。
(――いや、あれ? 場所が判らないって言ってたわりに、探るような様子があんまりなかったような)
 眉根を寄せて、半日ほど前の状況を思い返す。
「どうかした?」
「いや……」
 思い出せない。睡眠不足もあり、頭が回っていない感じもある。
 ダグラスとアランの心配と不審を複雑に混ぜ合わせた視線を受けながら、クリスは緩く頭振った。未明の闇に全てを置いてきたようで、つまりはそれだけ無我夢中だったということだろう。
 クリスが諦めて頬杖を突いたとき、すぐ横の扉が軋んだ音を立てた。
「おや、揃ってるな」
 バジル・キーツである。後ろにはヴェラ・ヒルトンの姿もあった。
「揃っているな」
「? エルウッドが来てないみたいだけど?」
「彼は急用で参加できないと連絡があった」
 キーツの返答に、クリスはひとり首を傾げた。昨夜別れたときにはさして急ぎの用があるという風でもなく、むしろ時間を余しているように見えたからである。むろん、帰宅後に外せない用ができた可能性もあり、一概にレスターが不正な理由で拒否をしたとは言い切れない。
 少しばかり思考が悪い方向へ向かってると自覚し、クリスは短く息を吐いた。
「レイは夜勤明けだったな。大丈夫か?」
 それに目敏く気付いたか、キーツが心配というよりは確認の意図が強い言葉を投げかける。黙って首を縦に振れば、彼もまた小さく首肯した。
「さて、早速だがな。ラザフォートにヒルトン、昨夜のことは知っているか?」
「おおまかには」
 初めて顔を合わせたときよりも大分砕けた口調の問いかけに、ダグラスが易く答えて口端を上に曲げる。
「一時収容所で爆破騒ぎがあったんだっけ? 朝から臨時の収容所をどこにするかで揉めてたな」
 誰が爆発物を仕掛けたかは解明中として、爆破された牢の代わりになる施設を検討中とのことである。裁判の近い者は法務省関連の施設内で、ここ最近に捕縛された者、つまり大多数は軍部預かりでという方向で話は進んでいるが、どの部署も人員や設備に余裕があるわけではない。できることなら無関係を貫きたいというのが本音だろう。
「被害状況とかは知らないな。聞かせて貰ってもいいかな?」
 もとより、そのつもりで集めた場である。
 ダグラスが促すと、キーツは手に持っていた資料を示しながら詳細を口にした。
「まず、捕縛されていた者だが。死者三名、重症六名、爆発や騒ぎに乗じて逃げだそうとして怪我をしたのが数十人。後は、何人かが逃亡中だが、街道の封鎖が思ったより早く手配されたから、そうそうに逃げられはしないだろう」
「火薬が用いられた割には、牢に居た者に被害は少ないようですが」
 もっともな発言は、ヴェラである。
「望んだごく一定の範囲だけを攻撃対象に出来る爆薬などあるとは思えません。調合の質が悪かったのでしょうか」
「それは判らない。ただ、爆発の規模は割に小さかったようだ。崩れた部分の殆どは二回目の爆発の被害だな。ただ、天井が落ちることはなかったせいか、下敷きになって圧死といった二次的な被害は少なかった。一回目は建物を崩すほどの規模ではなかったようだ」
 駆けつけた当初のことを思い出し、クリスは腕を組む。現場を知らぬヴェラは、更に質問を追加した。
「しかし、壁を壊すほどの爆発にしては、おかしくありませんか? それに、牢は幾つかに区切られていたはずですが」
「一度目の爆発現場から、人が遠ざけられていたんだ。そして、近くの牢に入っていた者を移動させている途中だった。加えて、爆発の直後に硬直した兵から牢の鍵を持っていた者からそれを奪った奴がいて、幾つかの牢は開けられてしまった。逃げたのは主にそいつらだな。勿論、出入り口は封鎖されていたが、全体的に狭い場所であったことと、爆発物の危険性から警備兵もそれなりに遠ざけられていたことが禍いしたのもあるだろう」
「つまり、一度目の爆発での怪我人とそれを改める為にいた牢番以外は、二度目の爆発時には近くには居なかったと?」
「そうだ」
「こちらの被害は?」
「死者一名、重症二名、骨折を含む中軽傷十数名といったところだ」
 収監人数や夜間という時間を思えば上手く対処した方と言えるだろう。ひとり逃がしてしまったクリスに上げる頭はないが、そも、部外者の救援という立場を思えば咎められることでもない。
 名乗り上げて、情報量の少ない失敗談を語る気にもなれず、クリスは椅子の背もたれを軋ませる。口を挟むことがあるとすれば、それは現場で見たこととの相違に気付いたときだけだ。
 そんなクリスに意味ありげな視線を寄越したアランは、しかし直接それを口にすることはなく、代わりとばかりに中途半端に手を挙げた。
「こちらの死者一名は、どういった人なんだい?」
「フィップ・シェリーという収容所の主任官だ」
「それってどういう人?」
「牢全般の管理は可もなく不可もなく、凡庸で特に噂に上るような者ではなかったらしい。運が悪いと言うべきか、夜間責任者として被害状況を見に行って、二度目の爆発に巻き込まれて亡くなったそうだ。一緒に見に行った部下も重症寄りの怪我を負って療養となった」
 その部下が、財務長官の呼びかけに応えた責任者の男なのだろう。


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