まさに運か、とクリスは思った。彼とアントニーも二度目の爆発前に現場に到着しており、少し前にそこを離れたばかりだったのだ。野次馬よろしく、より近くへと見に行っていたのなら、少なからぬ怪我を負っていたこと想像に難くない。
「質問。いいかな?」
「できれば後にして貰いたいが、……まあいい、なんだ、ラザフォート」
「詳しく聞く前に、これは初動の調査なりに僕たちも加われってことなのかな? それとも、例の組織に関連があるかも知れないからそれぞれ気に留めておけって程度?」
「勿論、前者だ」
「法務省は?」
「その動きとは別件だな。これは、財務長官からの直々の任務でもある」
器用に片方の眉を上げたダグラスは、どういうことかと目で続きを促した。
「昨夜、財務長官も残業の最中に爆破騒ぎとなった。その時、一時的な指揮を執られたと聞いている」
「財務長官が? 事件があったのは日付越えて今日になって、それなりな時間だったって聞いてるけど」
「そのくらいの時間であれば、それなりの人数の者は残っている」
「軍部は確かに捕り物で人手不足で残業山盛りだけど、財務省も?」
「各地の検問や通行の規制で流通が滞っているのです」
答えたのは、ヴェラである。
「法務省も過去の事件の洗い出しや調査で人手不足となっていますが、財務省の方でも経済活動にも支障を来して多忙になっているようです」
「……なるほどね」
「経済的に苦しくなれば国民の不信感が高まり、他国につけいる隙を与えることになります。良くない状況だからこそ、踏ん張り時と言えるでしょう」
目立った特産品もなく、商売と流通で幅を利かせている国である。それだけに信用や自由度は国際的評価の中でも重要な位置を占めるのだ。直接、すぐに国民の生活に現れる部分ではないが、一旦躓けばその影響は他を遙かに凌駕して国の発展を妨げる。
ここ数ヶ月の間に起きた事件をひとつひとつ単独で見てみれば、法務長官への襲撃を除き、破壊活動のように直接的に被害の大きな事件はない。だがその背後にあからさまに見える人身売買組織の影が、それらをまとめ上げて人々を震撼させている。
いっそ重要な”物証”など見つからなければ良かった、――というのは長い目で見れば間違いなのだろう。
(でももし、あの発見がなければ、私はどんな死に方をしたんだろう)
ゲッシュの言葉を信じるならば、どうあっても必ずクリスティンはあの日あの時間に死んでいたのだ。その場合、勿論、今のような状況に陥ることはなかっただろう。
今更どうしようもない考えに内心で嗤い、クリスは現実に目を戻した。
「少し話を戻すが、気になっていることを聞いて良いだろうか」
丁度話が一段落した間を見計らい、いずれ触れるであろう内容を先に欲して手を挙げる。若干渋い顔をしたキーツは、それでも本題に戻る話ならばと了承したようだった。彼が頷き、発言を促したのを確認してから、クリスは疑問を口にする。
「収容されてた人のうち、死んだものは全部爆発に巻き込まれてのことか?」
「三人のうちひとりはそうだな。他は逃げようとして途中で転落死というのが一名、もうひとりは乱闘の間に気がついたら死んでいたという具合だ」
「全部この間ので捕まった者なのか?」
「いや、別件で捕まっていた者だ。逃亡しようとしたふたりは一斉捜査以前に法務省捜査官の捜査妨害で捕まっていた者で、爆破で直接死んだのは、それより更に前にニール・ベイツに似ているとして捕まっていた」
最後のひとことに驚き、クリスは目を見開いた。
「もっとも、別人だとは判明していたが、不法入国で取り調べを受けていた最中だったようだ」
「外国人? それはさすがに臭いんじゃ……」
「組織に利用されていた者という点では、捜査妨害で捕縛されたその他大勢と同じ立場だな。囮の一種なんだろう」
つまり、現在手配中のニール・ベイツと似た者を送り込み、情報を混乱させるという手だ。素性がすぐに割れようが、そこは別段問題ではない。偽物が数人捕まったと知れれば、本物を目撃したとしても人は疑念を抱く。ましてや逃亡から五年近い年月が経ち、現在の容貌がはっきりしないとなれば、厄介事に巻き込まれるのを恐れて、むしろ違う点を積極的に探そうとするのが人間の心理というものだ。
結果、捜索は難航する。単純で使い古された手だが、だからこそ有効とも言えるだろう。
「ひとりだけ爆破で死んだということは、彼が狙われてたという証拠か?」
クリスの呟きに、ヴェラが否定的に眉根を寄せる。
「捕まった経緯からみると、身辺を洗ったところで行き詰まるのは目に見えている、という程度の小者のようだが」
「実際、ただのチンピラだったって話らしいけどさ」
肩口に伸びた細い髪を弄びながら、そう返したのはアランである。
「狙う価値はなさそうだけど、それなら、爆破が二度起きた意味が判らないな。例えば、牢に囚われていた誰かを逃がしたかったってんなら、むしろ、でかい爆発一回の方が効率が良いはずじゃない? クリスたちみたいなのが様子を見にくると逃げにくくなるだろ」
「そうでしょうか? 一度目は予想外の失敗、というふうにも取れますが」
「収容所周辺は警備もガッチガチなはずだろ? あんなところまで忍び込む奴が、下手するとは思えないけどね。どう? そのあたり専門家としては」
挑発的に、アランはクリスとダグラスに目を向ける。知るか、と内心で冷や汗をかきつつ、クリスは隣に座る諜報員、もとい情報解析部員に丸々投げることに決めた。おそらくは兄、クリストファーであったとしても同じようにしたに違いない。
複数の視線を受けて、ダグラスは若干困惑したようにこめかみに指を当てた。
「んー……。とりあえず、一度目が失敗かどうかはともかく、誰か特定の人物を逃がすのが目的なら、『爆破』の『混乱に乗じて』というのはあまりにも大雑把に過ぎるんじゃないかな。目的の人物を爆発に巻き込む可能性もあるし、更に言えば上手く逃がせないこともある。だからやっぱり、最初に死んだ奴を狙ったって考える方がつじつまは合うと思うよ」
「目的の人物が入った牢の情報を入手して爆発物を外から投げ込んだということですか」
「事を起こしたのが例の組織の一味なら、他の連中を巻き込むことなんて気にしないだろ?」
「しかし、灯り取りの窓から投げ込んだとしても、本当に目的を達成できたかの確認はできませんね」
「『外から投げ込んだ』のなら、ね」
ひとことに、ヴェラが目を細めた。クリスとアラン、そしてバジル・キーツもそれとどうにか判る程度に顎を引く。
「つまり、――皆もそう考えてるみたいだけど、一斉に捕縛された中に、刺客が紛れ込んでたんじゃないかな?」
まず、内部に入り込んだ者が隠し持った、威力の弱い爆弾で小さな爆発を起こして騒ぎを起こす。外の警備が弛んだところで外部から仲間が入り込む。最初の目論みが成功していれば、殺すべき者はその時点で動けなくなっているはずだ。そこに、外から二つ目の爆弾が投げ込まれる。最後に中に入り込んでいた者が、外から爆弾を投げ込んだ者の手引きで騒ぎに乗じて逃げる、という具合だ。
実際に計画通りに進むか否かは運次第というところだが、はじめの爆発のための火さえ上手く入手できれば、そうそう難易度の高いものでもない。何故なら、一度目の爆発で対象者を確実に殺す必要はなく、要は、仕掛ける者を含む周囲の人間を退かすことが出来ればよいからだ。極論すれば、対象者を別の手段で行動不能に陥らせ、音と煙だけが派手な殺傷能力の低い爆弾を用いて事を成す事も出来る。
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