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 特に一度に大人数が収容されたここ数日で言えば、小型の爆弾を持ち込む程度は容易かっただろう。服装や所持品を改める行程が煩雑になっていたこと、想像に難くない。
「もしかして、囮調査に引っかかったことそのものが敵の手の内だったりして」
 ダグラスが茶化して締めくくるが、誰一人として笑うものはいなかった。冗談と言うには、真実味を帯びすぎていたからである。
 全員のため息が途切れた時を見計らい、バジル・キーツが注目を集めるように手を打ち鳴らした。
「とにかく、死んだ男と同じ牢やその前後左右に入っていた者を確認している最中だ。ふたつみっつ離れた牢から爆破出来ない以上、そいつらが怪しいということになる」
「でもそれって、要は逃げてる奴もいるってことでしょ?」
「……ラザフォート。お前を街道の捜索部隊に加えてやってもいいんだが」
 ある意味最も根気の要る任務である。遠慮します、とダグラスは引き攣った笑顔で呟いたようだった。
 湿った視線が一方向に投げられる中、キーツは改めて注意を促すように咳払いをした。
「昨夜の状況は把握してもらえたか?」
 だいたいは、とそれぞれが頷く。
「今回集まって貰ったのは、先ほども言ったと思うが、財務長官の依頼によるものだ。任務は王宮内の探索」
「え!?」
 異口同音に驚嘆符が飛ぶ。それもそのはず、一般市民には王宮など一生縁のない場所だからだ。各省と同等以上の権限を持つ組織という目で見たとしても、そこを出世の到達点とするには些か異質に過ぎる。旧世代の残照というよりは、なんとなしに敷居が高いという印象に過ぎないが、不思議とあまり関わり合いになりたいとは思わないものだ。
 ある者は好奇心を目に偲ばせ、ある者はあからさまに顔を顰め、ある者は無表情を貫く。そんな反応の違いを眺めながら、キーツは緩く頭振った。
「昨夜の騒ぎの際に逃げた者が、王宮方面へ向かったという証言がある」
「それはつまり、王宮の中に組織の関係者がいるということですか?」
「その考えは些か短絡的に過ぎるな。それを言い始めたら、軍部方面や法務部方面へ逃げた者の方が多い。単純にどちらに逃げればいいのか判らず、人気のない方へと進んだ可能性もあるが、もうひとつ、王宮には気になる点があるんだ」
「気になる、ねぇ」
 含み笑いに皮肉を混ぜたのは、アランである。
「それは、王宮の増築に関わったっていう、ブラム・メイヤー繋がりかな?」
「!? 知ってたのか?」
「この間知ったばかりだよ。な、クリス」
「あ、――ああ、ついこの間の任務で向かったのが、その建築家の関わった物件だった」
 そう告げた人物を思い出しながら、クリスは首を軽く傾けた。
「ただ、増築に関しては特におかしなところはなかったと聞いているが」
「誰に、ですか?」
「同行した、法務省の役人に、だ」
 これ以上話をややこしくしてたまるかと、クリスは言葉を曖昧に濁す。その気になれば、特にヴェラなどはすぐに調べられることだ。
 食い下がるような複数の視線を無表情ではじき返し、クリスは背もたれを軋ませた。
「件の組織の建築と関わりのある人物が王宮も手がけている。そこに何か細工があるのかも、という見解か?」
「多少、直接的な疑惑はあるが、どちらかと言えばそれを楯に取っているという意味合いが強い。王宮は一種の閉鎖空間だ。なかなか外部の捜査への許可が下りない。だから、特殊な集団にもっともらしい理由を持たせて、長官がなんとか王宮側を頷かせたというわけだ」
「成る程ね。要するに僕たちはあくまでそれが目的だという態度を取りながら、他の場所も探るってわけだね」
 アランが頬を吊り上げて言う。むろん、皮肉は塗されているが、主成分は好奇心だ。そんな彼を見て肩を竦めてはいるが、ダグラスとヴェラの表情も似たり寄ったりと言った方が早い。
 それそれの反応を見まわし、キーツは若干慌てたように付け加えた。
「勿論、好き勝手に動き回って良いという許可は下りていない。無謀な行動は慎むように」
「はーい」
 如何にも耳を素通りさせましたと言わんばかりのダグラスに、今度こそキーツは額に手を当てた。

 *

 比較的歴史の浅いイエーツ国の中でも、建国以前の古い建物と言えば王宮がそれに当たる。
 執政区画を過ぎるとまず目にはいるのは、近代的な王都に比べ、年月という名の重みを礎に堂々と佇む大門だ。それに続く色鮮やかな庭園、その奥、真っ直ぐに伸びた石畳の先には威容を誇る本宮が控えている。両翼には祭殿と近衛兵団詰所が並び、更に奥に王族とその近しい親族や侍従たちの住まう居城があるという。
 むろん、一般庶民には一生縁のない建物である。入るとき、出るとき、それぞれ大門のところで王宮側と財務省側の通行許可証が検められるほどだ。王宮に入る者は三省で発行されるいずれかの、財務省側に入る者は王宮の、それぞれ出入りの承諾がその都度必要になる。どちらか一方の許可証では実質入る、又は出る事が可能でも戻ることができないのだ。
 おいそれと両側を行き来することは出来ない。故にクリスは緊張による挙動不審を無理矢理無表情の中に閉じこめる、――といった高等技術を一瞬で習得するという無茶を強いられる羽目となった。
 下手な真似は出来ない。特に今、人を数人隔てたすぐ前には、王宮で権力を掌握していると言われる人物がキーツの挨拶に鷹揚に頷いているのだ。
 セロン・ミクソン。病弱かつ凡庸な国王に代わり処理すべき仕事を精力的にこなす一方、金に汚く多くの愛人を囲い、離婚再婚を繰り返す俗物と評される人物だ。有能ではあるようだが、人間的に好きになれない要素が詰まっている。外見は中肉中背、やや動きが緩慢であるのは年のせいだろう。およそ60台前半、全体的に弛んだ印象が強いが、目は炯と光っている。
「本日は通行許可を頂きありがとうございます」
「財務長官の命令ですからな」
 頭を下げるキーツに対し微笑んではいるが、その実、歓迎などしていないことは明らかだ。彼の後ろに立つ近衛兵などは、あからさまに見下した表情を浮かべている。
「……ま、何も出てこないとは思いますが、余計なことさえしなければ許可範囲は自由にどうぞ」
「はい。承知しております」
「君たちのように暇ではないのだから、くれぐれも、働いている者に迷惑はかけないように頼みますよ」
「はい」
「あと、陛下はお休み中です。騒々しくはしないように」
「……はい」
 キーツの硬い返事に頷き、ミクソンはさっと背を向ける。クリスたちが唖然とする中、近衛兵を引き連れて彼はそのまま王宮の奥へと去っていった。
 言うだけ言って一言も聞かず。こちらの問いを受け付けることはおろか、話をする気すらなかったのだろう。


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