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 外国人である男達に流れている話も、そう奇抜な変化をしているわけではないだろう。念のために知っている内容とやらを聞いたクリスは、その考えが正しかったことを確認してから、改めて男達に問うた。
「拘置場所に、身内でも居るのか?」
「そりゃ、それもある……、けど」
「?」
 眉根を寄せたクリスに、引き留めた男は目を逸らす。やがて、深々と吐かれた息と共に、代表格の男が一歩前へ進み出た。
「すまん。行けと言っておいて、これはないわな」
「それは構わないが、あれほど切羽詰まった声を出しておいて、今更用はないとは、」
「言わねぇよ。その、――あの収容所の騒ぎで、死んだ奴のことでさ」
 聞くや瞬時に身構えたクリスを牽制するように、男は低く両手を挙げた。
「あのな、勘違いしねぇでくれよ。そいつの知り合いとかじゃねぇよ。ただその、――人を売りもんにする組織のなんとかっていう犯罪者が死んだって聞いたんだが、本当か?」
「それを確認して、どうする?」
 正確にはニール・ベイツ本人ではなく「外見の似通った男」ではあるが、わざわざ具体的な内部情報を提供する気はない。
 半眼で睨むクリスが低い声を出せば、男は慌てたように、男は大きく頭振った。
「先に言っとくけど、俺たちゃただの出稼ぎだぜ? そりゃ、旨い話に乗っかってほいほい付いていって捕まった莫迦なダチも居るのは確かだけどよ、本当だ」
「では、そのただの労働者が、何故気にする?」
「俺たちの仲間のひとりが、居なくなっちまったんだよ」
「は?」
「その話を聞いた途端に顔色悪くして、次の日にはいなくなっちまったんだ。白髪の痩せたじーさんがなんかしたとか、そういうの知らねぇか?」
 男の言葉に、数人が顔を見合わせて項垂れる。
「俺らよりずっと長いことここらで働いてる人だし、かなり世話になったんで探してんだけど、いねぇんだ。なんでか判らねぇ」
「いなくなったと言っても、二、三日の話だろう。子供ならともかく、大人でそれはないんじゃないか?」
「次の日に仕事の世話を頼んでた奴がいるんだ。雇用主にも迷惑かかるし、そういうのをすっぽかす人じゃねぇ」
「だとしたら居なくなった者は、何か手がかりになるようなことは言っていなかったのか? ここしばらくの話でもいいが」
「それが、何も言ってねぇ。急に蒼褪めたかと思ったら、ふらふらっとどっか行っちまって。お前らはどうだ?」
 男が後ろを見れば、数人が黙って首を横に振った。その中でひとり、若干訝しげに目を細めた若い男が、何かに気付いたように手を挙げる。
「ちょっといいっすか? 最近のことじゃないんすけど、なんかじーさん、一ヶ月位前、ちょっとおかしくなかったっすか?」
「へぇ? そうだっけ?」
「ライノさんは、俺を放ってちゃっちゃと仕事決めちまったじゃないすか。だから俺、しばらくじーさんの世話になってたんすよ。半分は路上生活でしたけど」
「あー、あん時な。悪ぃ悪ぃ」
「……それで、どうおかしかったんだ?」
 クリスが口を挟めば、男達は揃って苦笑した。自分たちから話を持ちかけておいて、脱線しかけていたことに気付いたのだろう。
 複数の視線を浴びて、証言をした男が気まずげに頬を掻いた。
「どうって言われても。なんか、ひとりの男をよく見かけるってぶつぶつ言ってたような、そんな感じっす」
「? その老人は、この界隈に精通して人の顔も覚えているということか?」
「セイツウ? あー、詳しいってこと? あー、まぁ、ここらに住み着いてるっちゃーそうっすけど、さすがに街の人間全部覚えるのは無理っすよ? でも通りかかるのは大概同じ奴らでさ。ただ、じーさんが気にしてたってことは、ここらに住んでる奴らとか俺らみたいな顔見知りとかじゃなくて、なんか目に付くような変な行動でもしてたんじゃねぇっすか?」
 なぁ、と仲間と顔を見合わせる男を見つめながら、クリスは強く眉根を寄せた。ざわり、と記憶を刺激する何かがある。それは数日前、ヴェラと共に法務省の施設を出る頃に感じたものと同じものだった。だが、それは形を取ることはなく、曖昧なままに旨にわだかまっている。
 とりあえず今は、と目の前の現実に意識を戻し、クリスは口を開いた。
「具体的には、いつごろからか判るか?」
「って言われても。んー、八月の初め頃に一回挨拶に行ったときは、前と変わりなかった感じっしたよ」
 他の者達は、そもそも老人の変化とやらに気付いてもいなかったのだろう。同意を求める男に向けて、首を傾げて知らぬと言う。
「おかしかったと言うが、怯えていたとか何かから逃げている様子だったとか、反対に……言い方は悪いが、金づるになると浮かれてたとか、そういう変化だろうか?」
「どっちでもねぇっす。なんかこう、どっちかっつーと、不思議に思ってるとかやたら気にしてるとか、そんな感じだったっす」
「つまり、この界隈を住処にしている者が、新たにやってきた余所者を警戒している、という様子か?」
「ああ、うん、そんな感じに近いっすね」
 受けた雰囲気を具体的な言葉にすることが困難なのだろう。
「けどそれ、もう一ヶ月以上前の話だろ? ホントに居なくなったのと関係あるのか?」
「知らねぇっすよ。けど、関係あるかもしれねぇから言ったんす。知らん判らんばっかじゃ格好つかんでしょ」
「なに?」
 知人の失踪という状況の中、沸点が低くなっている様子である。むっとした様子の男の間に割って入り、クリスは腰に手を当てた。
「そこまでだ」
 低く言い切り冷めた目で見下ろせば、男達は目を逸らして黙り込んだ。彼らには所謂「舐められたらお終い」というルールが適用される。つまり逆を返せば、存在感として格上になればいいということだ。そうしてそれは、体格と職業からして威圧感のあるクリスには、比較的容易いことだった。
「つまりお前たちは、その死んだ犯罪者が老人の失踪に関与していると思ったのだろう?」
 二人称を変えれば、複数の喉が音を立てた。
「ならば問うが、大仰な組織の構成員とその老人との接点はどこかにあるのか?」
「い、いや、どうだっけ?」
「わ、俺に振らんでください。じーさんとの関わりっちゃ、俺が一番浅いんすから」
「知らねぇよ。でもじーさん、出稼ぎに来てる間に女房が病気で死んじまったからって、ずっとここらに居座ってただけだろ? そりゃ、やたら職業の斡旋が美味いとは思ってたがそれだけだ。昔の伝手が豊富だってすればおかしくはねぇし、別にやばい商売に手を出してるわけじゃねぇし」
「……要するに、接点らしい接点はないということだな? では、隠れて何か始めた傾向は? 例えば、老人の外見的な変化はなかったか? 急に太った、痩せた、身なりが良くなった、といったような」


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