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「構わない。だが、いずれは関係者には配られるんだろうな?」
「ええ。但し、顔絵をばらまいて相手に逃げられては元も子もありませんので、狭い範囲の関係者になると思いますが」
「俺に回ってくるなら問題ない」
 ヨークが頷いたのを確認して、クリスはふと思い出したことを口にした。
「顔絵と言えば、バートラム・パロットとガストン・アーチャーの容姿に関して、姿絵なんかはないのか?」
「ゼナス・スコットの部下……未だ指名手配中の組織の幹部ですね。あると思いますが、それが?」
「俺が見た人物は背が低かった。ニール・ベイツではないとすると他の幹部という可能性がある」
「例の小太りの人物ですか。体型的にはパロットの方が近いでしょう。アーチャーは大男だったという話を聞いたことがありますから。そうですね、いただいた顔の特徴と照らし合わせてみます」
 最も新しい情報でも五年前の顔だ。年月による変貌もあれば、逃走のためにわざと特徴を加えることもあるだろう。期待は出来ないが当たりにせよ外れにせよ照会する価値はあると、クリスはヨークの厚意に甘えることとした。
「それはそうと」
 書き損じたぶんも含め、顔絵の髪を机に落として角を揃えながら、ヨークが呟いた。
「この部屋に、私以外の者が監視しているなどとは考えなかったのですか?」
 クリスは小さく眉を上げた。情報を引き出すために若干強要に近い駆け引きを行ったことへの意趣返しだろう。
「単純な話だ。あなたの話からすると、俺を強引に殺人容疑という名目で連れてくるほどの理由がない。つまりあなたは、他を出し抜いてでも俺に話を聞く必要があったと言うことで、そういう場に誰かを配置するとは思えない」
「……なるほど」
「逆に聞くが、何故、そうして強引な手を取った?」
「時間を置くと厄介なことになりますので」
「は?」
「いえ、あなたを尋問する、罠にかけて洗いざらい喋らせるとなると、強烈な横やりが――」
 言いかけた言葉を止め、ヨークが苦笑しながら扉の方を見遣る。何かとクリスが目を向ければ、壁を越えて聞こえる足音。
 そうして、
「クリス!」
 勢いよく開かれた扉が、内側の壁に激突して抗議の声を上げる。だが、切り取られた空間に現れた人物はおかまいなしとばかりに大股で室内に入り、ヨークの前で足を止めた。
「勝手なことしてんじゃねぇよ」
「……入りましたね」
 横やりが、とヨークは眉を下げて笑う。彼に敵愾心の塊をぶつける人物、――アラン・ユーイングはそれを見て更に口端を引き攣らせたようだった。
「クリス、無事か?」
「無事というか、特に何もないが」
「話していただけですからね」
 敢えての「余計な一言」なのだろう。いっそのんびりとした様子で冷えた香茶をすすったヨークを、アランが射殺さんばかりに睨み付ける。
 ふたりを見比べ、クリスは冷や汗を背に流した。
「それはそうと、アラン。どうしてここに?」
「……じゃぁ、ねぇよ! 早出で行ったらあんたが瀕死で医務室に運ばれたとか聞いて行ったらいねぇし、ラザフォートにはこいつに連行されたとか聞かされるし、慌てて長官に特例出して貰って来たら……」
「私とまったり喋っていた、と」
「あんたが元凶だろうが!」
 違いない、とクリスは苦笑した。だが、やりとりを面白がっている場合ではない。
「アラン、特例とはどういうことだ?」
「特捜隊の任務に影響するって理由で、公的機関から出るあらゆる命令を猶予してもらうこと。発足人が認めないといけない特権だけど、今回はオルブライト様から認められてる。特権犯罪の容疑は別にして、決められた公務を休むとかならエルウッドやラザフォートも使ってるはずだけど」
「なるほど。つまり、俺が逮捕されるのはおかしいと、信じてくれたわけだな?」
「な、ば、莫迦か!? そんなんじゃねぇよ! 任務に差し支えると長官に迷惑がかかると……」
「照れなくて良い。助かった」
「だから……!」
「というわけで、ヨーク・ハウエルどの。特例も出たことだ。ここらで退室しても構わないか?」
 アランに見えない位置で口角を上げれば、ヨークは可笑しそうに肩を竦めた。仕方ないという素振りを見せつつ、その実面白がっている。
「仕方ありません。またお伺いしたいことがあれば尋ねることにします」
「メイヤーの方は」
「判ればお伝えします」
「それと済まないが、老人のことを報せてやってほしい。他に何か判るかもしれん」
 ライノという男のことと彼らが居座っている場所を告げれば、ヨークははっきりと頷いた。
「よろしく頼む」
「ええ。任せてください。それでは、私はもう少しこの部屋を使いますので」
 ここまで言い切るのなら、反故にしたりはないだろう。クリスからの情報と顔絵という収穫に及第点を出したのか、幾分余裕のある顔つきでヨークは退室を促した。
 顔を赤くしながらもなんとか体裁を保とうとするアランを宥めつつ、クリスは手を振り扉を閉める。そうして、ひとつ息を吐いた。
「さて、どうするか」
「何が、だよ?」
 幾分不貞腐れた様子ながら、アランが突っ込みを入れる。素っ気なさそうに見えて実は構って欲しがるタイプなのかと頭の隅で考えつつ、クリスは真面目な顔で顎に手を当てた。
「いや、ちょっと判らないことがあるんだが、キーツさんを尋ねようかと思って」
「まだ来てないかも知れないだろ。それに、判らない事って、なんだよ?」
「……莫迦にされそうな気がする」
「あんたが物を知らないのはいつものことだろ」
 けして世間知らずではない、と内心で反論がわき起こるが、事件に関して情報不足なのは否めない。ムッとした感情を押しとどめ、クリスは抱えていた疑問を口にした。
「今、ニール・ベイツが指名手配されてるだろ?」
「うん?」
「でも実際は、一度もはっきりとした『本人の』目撃情報がない。逃亡中の者で”物証”の見つかった屋敷に関わりがあるという意味で最も注目されているのは判るが、それだけで奴が絡んでいると決めつけていいのか? それとも、俺の知らない情報があるのか? ということだ」
 言い終え、宙に彷徨わせていた視線をアランへと戻す。案の定――当然と言うべきか、アランは可哀想な者を見るような目に変わっていた。
 いたたまれない。いたたまれないが、それも承知の上だ。調べるのが面倒なら、なんだかんだ教えてくれそうな人に聞けばいいというのが、もともとのクリスティンの人生観のひとつである。それを実行する上で、一番無難な人物として挙がっていたのがバジル・キーツというだけで、教えてくれるなら誰でも別段問題はない。


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