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 爆破事件の翌日、財務長官の依頼があった通り、収容施設を囲む三省の他に王宮も逃げ道として利用された可能性が示唆されている。招集された際ダグラスと少しばかり話していた内容を思い出し、クリスは自分の考えの浅さを小さく罵った。
 正門及下働きの人間の利用する通用門以外に、公にされていない出入り口がある、とレスターも考えているということだ。そしてマイラ・シェリーと近衛兵ケアリー・マテオが出入り制限の厳しい王宮から出るとき、もしくは連れ出されるときに同じ道が利用された可能性がある。
「だが一応、ブラム・メイヤーの増改築による抜け道の作成って疑惑は、ないって方向で解決したんだが」
「それは私も聞いている。だが、王宮は古い。得てしてそういう建物は、戦乱期の名残があるものだ」
「やはり、王族のための逃走経路が隠されていると?」
「それは、冒険小説や英雄譚で出てくる城だな」
 結果的に行き着く結論は似ているものの、ダグラスとはまた少し違った意見であるようだ。クリスが微妙な顔をしたためだろう。笑い、レスターは渡り廊下から見える王宮を指し示した。背の高い木々の間から、繊細な彫刻の施された外壁が見える。
「実際はそんな大仰な隠し通路ではなく、古い道が埋められずに残っていたり、攻城時に掘られた穴が混乱のままに忘れられているといったことの方が多い。子供がよく、壁の壊れたところから廃屋に入り込んだりするだろう。思わぬ逃げ道はそういう偶然がら出来るんだろう」
「妙に詳しいな」
「なに、戦のとき、そういうのに助けられたことがあるというだけだ」
 一時の運が人生を左右するような激戦だった、というわけだろう。噂に聞く北方での戦争の時かと当たりを付けるが、それを口にすることはなくクリスは曖昧に頷いた。クリスティンに戦場の記憶はない。以前にその一端を垣間見たことはあるが、それが全てではない以上、話題として引きずることは好ましくないのだ。
 なんとなしに訪れた沈黙のままに歩き、軍部の敷地内を抜ける。ほどなくして数人が警戒を続ける、破壊された収容施設の近くへと辿り着いた。
「調査の結果は出たのか?」
 集められた瓦礫の山を見つめながらクリスが問えば、レスターは小さく頷いた。
「フィップ・シェリーが協力者と聞いたが」
「ああ、そういう話になっているが、クリスはどこまで知ってるんだ?」
「詳しくは聞いていないが、立場上、牢に入る者の振り分けをしたらしいとかはこの間聞いた」
「そのようだな。本人が死んだ以上詳しくは判らないが、残された記録からそうと判断されたようだ。なにせ、当時混み合っていたはずの牢の中で、何故か爆破されたあの場所だけはふたりしか入れられていなかったというからな」
 主に後半の言葉に、クリスは目を見開いた。それを目の端で認めたか、レスターが何度か瞬いて彼を見遣る。
「それは知らなかったのか?」
 頷けば、レスターはぽり、とこめかみを掻いた。そうして、仕方ないというように首を軽く傾ける。
「フィップ・シェリーが一度に沢山入ってきた犯罪者たちの牢の振り分けを担当する者のひとりだったことは確かだ。その時に作られた記録には、特に怪しいところはない」
 全ての牢に同程度の人数が入り、性格に難のありそうな者は離すといったような基本も守られている。ただ、普段は独房として使用される奥の方まで使用されたのが規定より外れるといったところだが、状況的に見て仕方がないと誰もが判断したという。
「独房と言っても殆ど他と変わりないが、爆破された場所だけは他と違うところがあった」
「もしかして、空気穴か?」
 その通り、とレスターは頷いて話を続けた。
 構造上の関係で、通常なら脱走防止のために通路に設けられる採光と換気のための穴が牢内部に小さく存在したという。勿論、脱走に使えるような大きさではなく、せいぜい成人男性の拳大、それもかなり高い位置にあるためどんな大男が背伸びしたところで指に掠りもしないという代物だ。
 だが、外から何かを投げ込むことは出来る、それが今回の事件を検証する上で重要なポイントとなったのだろう。
「他にも、一番端ということで通路の突き当たりに設けられた小さなランプがあった。細長い何かがあれば、火種くらいは取れただろうと言われている」
「状況的に犯罪が為し得るというのは判った。だが、あくまで人の目がなければ、の話だろう? 長い棒が、例えばフィップ・シェリーによって差し入れられたとしても、同じ牢の中の者が気付く。それに、空気穴のあたりには警備員が居たはずだ」
「前者に関しては、さっき言っただろう。爆破されたときには、牢の中にはふたりしか居なかった」
「あ……」
「事件の日の昼、牢の中にいた数人が腹痛を訴えた。原因は不明だが感染性のものである可能性が考慮され、隔離されることとなった。さらに、病人の出た牢には新たに誰かが入ることも禁じられた。結果、件の牢の中には、死んだ男と逃げた男のふたりだけとなり、周囲にも人は少なかった」
「だが、誰もいなかったわけじゃないだろう?」
「雑居房は通路を挟んで向かい合わせに牢がある。だが、独房は片方だけだ。つまり、壁を挟んで隣の物音は多少聞こえても、何をやっているかは見えない状況だったわけだ」
「外の警備員は?」
「そこが巧妙なところだ」
 一度区切り、レスターは整備された道から外れて曲がるようクリスを促した。話に集中してしまっていたが、目的地に近くなっている様子である。そういえば事件の夜も、法務省方面へと走る途中で怪我人に気付き、そこから王宮方面へ曲がったことを思い出す。
 昨夜の雨に湿った土を踏み正面を見上げれば、王宮の西城壁がそびえ立っていた。
「こんなところだったのか」
「このあたりは軍の巡回経路には入っていない。ここ以降は王宮敷地内という意味で等間隔にかがり火が設けられる程度だな」
「ああ、あの時もそうだった……。それで、さっきの続きを頼む」
 頼っているなと思いつつやや気まずげに続きを促せば、レスターは気にしたふうもなく頷いた。
「初めの爆発の後、件の牢とその周囲の牢から入っていた者が出され、倒れたニール・ベイツ似の男の近くにはフィップ・シェリー、それにシェリーの部下ひとりだけとなった」
「ああ。危険だからと一時的に入り口方面の通路に避難させたとか」
「そうだ。実際の爆発は威力はさほどでもなかった。だが煙と音だけは派手だった」
「……! そうか、空気穴から煙が立てば、警備員は不審に思う。それで、現場を離れたのか」
「その通り。当時の警備員は音を聞いて何事かと思い、すぐに穴から出てきた煙を見て慌てて報告に走ったそうだ。だが現場は混乱していて指示を仰ぐどころではなかった。そうして通路に出された犯罪者の監視などをしているうちに、今度は破壊力のある爆弾が例の空気穴から投げ込まれた、というのが聞き取りや現場の調査で判ったことから推測される結論だ」
「しかし、それなりに運任せなところが多いようだが」
「そうでもない。ひとりの仕掛け人が全てをやろうとすれば確かに運頼みになるだろうが、実際には多くの人が関わっている。ひとりひとりのやったことは、けして決定的な事じゃない」


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