[]  [目次]  [



「何故メイヤーさんがわざわざ遠回り希望したのかが気になりまして、一度、その足跡を辿ろうと思うのです」
「……なにがあったのかは知りませんが、物好きですねぇ」
 心底不思議そうなガストンの声に、クリスは否定材料もなく頷いた。確かに、暇だけはある身である故にできることではある。
「ですけどね、結構大変ですよ、それ」
「と言うと?」
「ものすごく辺鄙なところに寄ってるんですよ。街道から離れるわ、道はややこしいわ、目印はないわ。案内なしにいけるとは思えないんですよね」
「……近隣の村の者を雇うとかは」
「こんなご時世ですから無理でしょうねぇ。それに、そこかしこで検問やってますから、それだけでえらい時間かかりますよ。仕方ないとは言え、儂らでもここに来るのにいつもの倍近く時間かかってますからな」
 疲労の滲む声に、クリスは僅かに眉を顰めた。特捜隊に加わった限りは突発的に発生する任務に対応するために出来るだけ王都内で待機し、離れる場合も所在を明らかにしておく必要がある。むろん、もともとの仕事での出張を優先することや個人の判断で某かの調査をすることは自由であり、これまでがそうであったように招集を断ることも不可能ではない。
(けど、それにしても限度があるしな……)
 ガストンの住む地域から王都までは馬車で荷運びをして五日ほど、大回りをするとしても「ついで」の域を超えないのであればそれに二、三日加える程度だろうというのが元々の推測だった。そこから計算して馬を単騎で飛ばすなら片道三日、往復で一週間ほどであればなんとかと思っていたが、それ以上となれば話は別だ。
 軍部に在籍している状態だったとしても、検問を素通り出来るのは大隊長以上の許可証を携帯している者だけである。特捜隊の名を出せばそれに準じた対応を得られるだろうが、まさか複数箇所に及ぶ場所で秘匿を基本とする身分をばらすわけにはいかない。
 加えて、ガストンの言葉をそのまま受け取るなら、道に迷って更に時間をロスするという可能性もある。
 唸るクリスを見てどう思ったのか、ややあってガストンがおずおずと声を出した。
「その、……よければ、案内しますがね?」
「気遣いはありがたいが、そう何日も仕事を離れるわけにもいかない」
「ああ、そうですなぁ。……でしたら、法務省の方で検問所を通るための書類を作成してもらえればどうですかな?」
「個人的な調査に近いので許可は下りないと思う」
「そうすると後は、四位以上の貴人か三位以上の貴族の知り合いはいませんかな? その証明があればフリーパスですよ」
 情報に、クリスは数度瞬いた。
「おや、その顔はもしや心当たりが?」
「ああ、……両方あるが」
 四位以上の軍人はというと大隊長クラスにあたるが、レスターが個人的に所有している位でもある。三位以上の貴族はむろん、実家のことだ。
(そういや、そんな話も聞いたな)
 雨の日実家で起こっていた騒ぎを思い出し、クリスは口角を下げた。勝手に采配した件と後継を望む父親の顔が脳裏を掠めていく。商用の馬車と三位貴族の商人である証明書を得るのは容易いが、心情的に今は実家の面子と顔を合わせづらい状況だ。
(そうなると、レスターに頼むしかないけど)
 理由を話せば協力はしてもらえるだろう。だが今日言ってすぐに都合が付くかは判らない。
「……とりあえず、聞いてみるか」
「それがよろしいでしょうな」
「だが、あなたの都合はどうですか? 何日も付き合わせることになりますが」
「そいつは大丈夫です。仕事自体は倅に殆ど任してある状態ですんでね。大口の契約先を探しにいく状況でもありませんので、今の取引先といつもどおりやるぶんには問題ありませんわ」
 厚意というよりは、個人的ながらも法務省関係者――しかも、ヨーク・ハウエルという国家の重鎮の息子からの依頼という状況への遠慮が大きいのだろう。或いは、また帰りの道も検問で時間を食いながら進むことと、大回りとは言えそれらを省いて戻ることとそう大した時間の差はないと計算してのことか。
 いずれにしても、レスターの協力を得られればの話だ。
「すまないが、明日もこの場所に来てもらえるだろうか?」
「おやすいご用です。どちらにしろ荷も売らねばなりませんし、一泊はする予定でしたので」
 若干急いた形のクリスに指摘しつつ、ガストンは笑う。
 苦笑し、クリスは彼と別れて軍部へと足を運んだ。

 *

「あら、あなた今日もまたお出かけに?」
「悪い。ちょっと何日か空ける。仕事で出かけるだけだから、心配は要らない」
「……熱が引いてそんなに経ってないのですから、無理なさらないでくださいね」
「ああ」
 
 そんな会話をして家を出た二日後、クリスとガストンは街道を逸れた道を馬で走らせていた。ガストンの馬術に合わせているため速歩が限界だが、荷車を引かせることを思えば充分に距離は稼いでいる。
 順調といえば順調な旅路だが、エマの言葉を思い出しては若干後悔が過ぎるのは気のせいか。
「たしかにこれは、案内なしでは無理だな」
 天気の良い正午過ぎ、小道から長閑な周辺を見回したクリスは、心の底からの感想を苦笑に乗せて呟いた。そうだろう、とガストンは肩を竦める。
 王都を出て一泊、そこまでの道は多少主要な街道から離れてはいるもののきちんと整備された道だった。問題は今朝、そこから更に人通りのない方へと進み始めた後である。標識がない十字路は当たり前、伸びきった草に騙されることもしばし、挙げ句には道と言えるような跡すらない草原を僅かな手かがりのみで突き進むという難易度だ。
 もう一騎、最も優雅に馬を乗りこなして従うレスターも、若干顔を引き攣らせている。
「隠れ里ではあるまいに、何故ここまで辺鄙なんだ?」
「いや、本当はちょっとばかりは整備された道からも通じてるんですけどね。最寄りの街がロワン地方というくらい大回りになるんですわ」
 ロワン地方はイエーツ国南西部にある森林地帯の領地である。もう少し具体的に言えば、王都から出る五つの街道のうち南西方面に伸びるものを途中で西へ曲がった先にある、レアル王国との関所を有する辺境だ。丁度”物証”の発見された館のあるサムエル地方の真南に位置するが、知名度では雲泥の差があると言っていいだろう。
 目指す村は西、南西どちらの街道からもほぼ等距離に離れた場所にある。地図上の距離で言えばロワン地方より遙かに王都に近いにも関わらず、まともな道を辿るなら南西街道を進み西へ大きく移動し更にロワン地方の都市を経て北へ進みまた東へ戻ってようやく辿り着くと言った具合になるとのことだった。
「つまり今は、王都からほぼ直線距離で村を目指しているという状態というわけか?」
 納得した面持ちでレスターがまとめを口にする。
「村人にとっては不便な話だが、要はもともと、併合する前にあったロワン国との繋がりの方が強かった土地ということか」


[]  [目次]  [