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「そうです。併合後もさしたる特産物もなし、広い果樹園はありますがそれが広げられるほどの土地はなし、収穫も今以上見込めないってことで、積極的に開発されなかったらしいです」
「失礼だが、何故この道を知っている?」
「もともとはメイヤー先生の言うとおりに行っただけですがね。その時に仕事で使うものが村で採れるってんで、時々仕入れに行ってるんですわ」
「なるほど。ブラム・メイヤーと取引があったということは、あなたは建築資材か何かを卸す仕事を?」
「木材です。グレイロフ――今から向かう村から仕入れてるのは樹脂ですよ。加工して接着材に使ったり防水用のコーティングにしたり、いろいろです」
「しかし、ゴア殿の住む場所は遠いところだと伺っている。失礼ですが何故ブラム・メイヤーはわざわざあなたのところから仕入れを?」
「さて、何を考えていたのかは判りませんが、あの人は拘る人でしてね。装飾に使う木は故郷のあれでないととか言って、いちいち取り寄せてたんですわ。まぁ、儂にしてみれば、いいお得意さんってとこでしたけどね」
 言い、ガストンは遠くへと目を遣った。今は50歳になるかならぬかといった彼も当時は30を越した程度。そうしたメイヤーの気まぐれな注文に応じて何度も王都と住処の街を往復していたのだと言う。
「そのくせ、村を出たまま全然戻らなかったあの人がですよ、突然隠居するから連れてけって言うんですよ。あの時はたまげましたなぁ」
「王宮の仕事の間に何か心境の変化でも?」
「さぁ、どうでしょうな。なにやら一気に老け込んだ感じはありましたがね。儂の身分じゃ荷を卸すときくらいしか王宮に入れませんので、そう感じた程度ですが」
「王宮まで出入りを?」
「そうです。しかしあそこは面倒ですな。出るも入るも証明証明と。それがまた検めるのも上から目線でしてね。メイヤーさんもおおかた、ああいう高慢ちきな連中に嫌気でもさしたんじゃありませんかね」
 僅かな時間の滞在でも不快を覚えるには充分だったのだろう。先日の王宮の様子を思い出して、クリスは大きく頷いた。質問をしたレスターはと言えば、賛否入り交じった苦笑を浮かべている。義父が王宮に勤める身としては素直には頷けないと言ったところか。
「正直なところ、あとどのくらいで休憩地点へ着けそうですか?」
 話題を変えるようにクリスが口を挟めば、ガストンは考え込むように顎に手を当てた。
「天気は崩れなさそうだが、今日はこのまま野営ですか?」
「もうちょっとしたら休憩にいい場所がありますんで。それに、日が暮れるくらいにはちゃんと村に着きますよ。十世帯くらいの小さな村ですが」
「また不便なところにあるんですね」
「標高が高くなってるので夏でも涼しいんですわ。なので、有名所の別荘地は持てないが、っていうちょっとした金持ちの避暑地になってます。今の時期は閑散としていて、宿や店を管理する最低限の者しか住んでません」
 言いながらガストンは、レスターへとちらりと視線を走らせた。若い四位貴人は顔立ちや立ち振る舞いに品がある。金持ちと判断し、時々自分も世話になっている村の宣伝をしているのだろう。
 内心はどうであれ、事実として知られていることをムキになって否定する男ではない。ちらりと目を向ければレスターは愛想良く微笑み、好意的な返事をして頷いていた。やれやれ、とクリスは他愛ない会話を耳に口元を緩める。
 そうして休憩を挟みながら進むこと数時間。夕照が視界を朱く染める頃、ようやく三人は件の避暑地へとたどり着いた。
「思った以上の悪路だったな」
 宿の玄関口にある椅子に腰を下ろしたレスターが、大きく息を吐きながら喉を反らす。
「すまないが、水を分けてくれないか?」
「ああ」
 ふたりがそうして休んでいる間にも、ガストンは休業中のはずの宿屋に部屋を交渉中だ。別段納屋の隅でも構わないとは言っているが、主にはレスターの身分に気兼ねしているのだろう。
 ひと心地ついたように喉を潤すレスターに、クリスは正面から頭を下げた。
「悪い」
「何故そこで君が謝るんだ」
「俺が持ちかけた話だからな」
 もともとクリスがレスターに打診した内容は、四位貴人としての名前を貸してくれというものだ。本来は本人しか適応されない恩恵も、位と共に授与される印を押した書状を持っていることで代理人として同等に扱われる。
 それをもらえれば充分だったのだがとクリスが言えば、レスターは呆れたように湿った目を向けた。
「君のことは真面目で曲がったことはしないと信じているがね、さすがに私も明確な理由なしには軽々しい真似はできないよ」
「ブラム・メイヤーの軌跡を辿るとは言ったが?」
「それはあくまでも個人的な調査だ。何の危機が迫っているわけでもなし、有力な情報が先にあるわけでもなし、それでは説得力に欠けるとは思わないか?」
 胡乱気に言われれば反論の余地はない。ちょっと遠出したいから便利な代理人証明貸してくれよと言っているようなものだったのだ。今更ながらに「位」というものを軽く考えていたことに気付き、クリスは耳を紅くした。もともと三位貴族の家に生まれ、その恩恵に知らぬうちに与っていたが故の感覚と言うべきか。
(そうだよなぁ。賄賂をばらまいてでも五位貴族になりたいって必死になってる人だって多いわけだし)
 数日前、真夜中に帰宅前のレスターを捕まえてあれこれとまくしたてたこと思い出し、クリスは後頭部を乱暴に掻いた。
「その、すまない」
「判ればいい。ただ話を聞いて、私も君の考えや調べようとしている事が重要だとは思っている。侮っているわけではないよ」
 だからこそこうして同行している、そう付け加えたレスターだが、表向きの理由としてのふたりの立場は逆にしている。四位貴人のレスターの同行者として「同僚」扱いでクリスも特権利用の恩恵に与っているという設定だ。そうしておいて更に、検問をスムーズに通過するために、公用を装って二人とも軍服を着用している。
 『騎兵師団第一連隊第一大隊第一中隊長補佐、レスター・エルウッドだ、通行の許可を願う』
 事実、そう堂々と言い放つレスターにあれこれと細かいことを訊ねる者はいなかった。あれこれと理由を考えていたクリスには拍子抜けとも言う。
「しかし、本当に仕事の方は大丈夫なのか?」
「もちろんだ。だがたとえ無理をしていたとしてもそれは私の判断だから、君が気にすることはない」
 言うものの、具体的に何をどう遣り繰りして休暇をもぎ取ったのかはレスターは口にしない。とは言えしつこく食い下がることも出来ず、クリスの頭は下がる一方だ。
 背中を丸めるクリスに、レスターは苦笑したようだった。
「君は大胆なのか繊細なのか、計りかねる時があるな」
「そうか?」
「少なくとも、聞いていた噂とは少し違う」
 眉根を寄せ、どういうことかと目で問えば、レスターははぐらかすように笑みを深めた。


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