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 不審に思うのも無理はない。余程大きな事件が絡んででもいない限り、軍の力が必要な事態が起こったとしても、あくまで地方の駐留施設が対応を行う事となっているのだ。村長の当然とも言える疑問に、クリスはまず名乗った上で公的な訪問ではないことと告げた。
「つまり、仕事ではないということですか?」
「厳密には。法務省の捜査官からの依頼ではあるが私的な調査の一環である、ということです」
 説明の難しい立ち位置だなと思いつつ、単なる興味ではないことを示すべく捜査官という言葉に力を込める。
「ですので、あなたの村長としての役割上話せないことに関しては勿論、そう言ってもらって構いません」
「はぁ……」
 どうにも煮え切らない態度に若干の苛立ちを覚えつつ、クリスは姿勢を正して村長を正面から見据えた。態度と口調を柔らかくすべきかと一瞬悩み、しかし結局はその案を棄てて無表情のままに口を開く。
「十二年前にブラム・メイヤーという者がこの村へ来たのだが、そういったものの記録はないだろうか?」
 いっそ愚直なほどに単刀直入に問えば、村長は首を傾げて眉根を寄せた。何を突然、と更なる疑問を抱いたようにも見える。そうして、ものの数秒の後にはっきりとその首は横に振られることとなった。
「ないですね。小さな村と言えど、ガストンさんのように出入りする人はいます。観光とは言いませんが、知人に会いに来る人も。そう言った人の出入りの記録など、普通ありませんよ。王都の検問所だって、普通に通行する人の名前なんか記録したりしないでしょう?」
「では、過去に何か問題が起こったときの記録などは如何だろうか?」
 尤もな指摘に、クリスは次の問いを口にする。初めの言葉は、謂わば前置きだ。過去に村で起きた事件をいきなり問えば、村民は不快と警戒を急上昇させるだろう。あくまでも外部の人間が関与していることを示しつつ今度こそやんわりと聞けば、村長は考え込むように目を宙に向けた。
「過去の問題、ねぇ。それは、役所が関与するようなことなら残ってると思いますが」
「その、十二年前の記録を少し見せていただけないだろうか」
「ええと、それは、……どうでしょうかね」
「では、あなたがそれを読みつつ、おおまかな事件の概要を羅列してくれるだけというのはどうだろうか」
 妥協しつつ食い下がれば、村長は困ったように体を揺らした。そうして、助けを乞うようにガストンへと顔を向ける。とんでもない客を連れてきたものだという批難も含まれているのだろう。
 苦笑しつつ、ガストンは軽い調子で口を開いた。
「いいんじゃないですか? 大雨が降ったとか盗難があったとか、村人に聞いて回れば簡単に出てくるような話なら問題ないでしょう」
「まぁ、それもそうですが」
「別にこの人たちも、遊びで聞いてるわけじゃないんです。話しちゃいけないことを話してしまったとしても、後で辻褄を合わせてくれることくらいしてくれますよ」
 言い終えてから、たぶん、とばかりにガストンの唇が声にならない呟きを紡ぐ。鼻を掻き、正面の村長から見えないようにしているのは、クリスたちに口裏を合わせるように求めているということだろう。
 むろん否もなく、クリスは重ねて頼むように膝の上で指を組んだ。
「頂いた情報が有効なものであれば、正式に捜査官と派遣してもらいます。その上でそこで初めて情報を得たということにします。どうですか?」
「……まぁ、それなら」
「では、今からでも頼めるだろうか?」
「そうですねぇ。それは構いませんが、十二年前というと結構幅が広いですね。もう少し具体的に判りませんか」
「確か、秋頃だったな」
 これは、ガストンである。当時のことを思い出すようにこめかみを掻き、だがそれ以上具体的な日付までは無理だという様子で緩く頭振る。
「秋頃ですか。そうなるとやはり先代の記録を取りに行かないと。その頃僕は一番近くの街に勉強に行ってましたから、この村のことは判らないんです」
「そうですか。悪いね」
「まぁ、ガストンさんの紹介ですしね。ちょっと待っててください」
 言い、村長は若干億劫さを滲ませながら立ち上がる。期待しないでくださいね、とぼやくように付け加えたのは、それ以上積極的に協力する気はないという心情の表れだろう。むろん、クリスにはそれを批難する気も権利もない。
 その上で、ガストンという貴重な協力者と出会えたことは僥倖だったと心底から思う。
「ありがとうございます、ガストンさん」
 ガストンの顔に助けられた部分が大きいはずだと、クリスは礼を述べた。
「いえいえ、儂は当事者ですからね。こういうのも案内の内ですよ。それに、調べて貰ったとしても何も出てこない可能性もありますしね」
「それは、そういうこともあるでしょう。手を尽くしていただいているだけで充分ありがたい」
 慌ててクリスが口にした言葉に、ずっと黙っていたレスターが意味ありげな笑みを浮かべた。お前がそれを言うかという声なき突っ込みだ。僅かに赤面し、クリスは後頭部を乱暴に掻く。
 そうして、それより、とクリスは強引に話逸らした。
「こう言っては何だが、随分と若い村長だな。代替わりしたのは最近のこととか?」
「いえいえ、十年くらい前のことです。今の村長の両親はずっと前に亡くなってまして、ずっと長い間彼の祖父が村長をやってたんですわ。流行病で亡くなって、それで急に地方都市から呼び戻されてというわけですな」
「十年も村の長をやっているわりに、どことなく慣れない感じがするのだが」
「それもそうでしょうな。帳簿上のことや役所への報告なんかはともかくとして、人の応対は仕事があるとか言って代理を立ててたみたいです。ようやく村に戻ってきたのが三年くらい前ですわ」
「なるほど」
 それであれば、あの妙な覇気のなさとやる気のなさと、少し話しただけでも判る判断力の低さが何となしに理解できる。
「しかし、規模からするとこの村の長はほぼ世襲制だろう? 何故そんなことに?」
「性に合わなかったらしく、姉に任せて街へ出たのはいいんですが、肝心の姉も祖父と同じ病で亡くなってしまったらしく。誤算というやつです」
「ははぁ……」
 どこにでも似たような話はあるのだなと、クリスは内心でぼやく。厳密に言えばクリスティンはけして「任せられた」わけではないが、クリストファーが黙々と父の跡目を継ぐ方向へ進んでいれば違う話だったのは確かである。
 流行病で命を落とさなければ村長を継いでいたという姉がよほど優秀だったのか、或いは嫌がったところを押しつけたのか。いずれにしても、本来跡取りとは見なされていなかった人間が好まざる状態で役目を負うのは思う以上に負担が掛かる。その何とも言い難い感情を知っているだけに、クリスとしては複雑だ。
 どうにも好きになれそうにない村長だなと思いつつ頸を鳴らす。と、そこで、意外な方向から苦々しげな声が上がった。
「逃げた挙げ句、逃げ切れなくて戻った上に職務をいい加減にするとは、見下げた根性だ」


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