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「レスター?」
「私の一番嫌いな人種だよ。夢を追って飛び出すのは良い、諦めて別の道で奮闘するのも良い。だが、どこへ向かってもまともに何かを為そうとしない輩は好きになれないな」
 レスターには珍しいキツイ言葉にクリスは何度か瞬いた。この数日より前の彼を知らないガストンなどは、困ったように微妙な笑みを浮かべながら返答を控えている。
「何か、そういうので嫌な思いでもしたことがあるのか?」
「……いや」
 今度は曖昧に言葉を濁し、ふとため息をつく。
「すまない。少しばかりあの煮え切らない態度に苛々としてしまった」
「それは、なんとなく判るが」
「これでも猫を被るのは得意な方なのだが、どうにも疳に障るという意味で嫌な相手はいるものだ」
 嫌悪という意味での天敵なのか、しきりにレスターはぼやく。初対面から少し話した程度の相手を、その短期間だけで嫌悪するというのは褒められた話しではないが、そんな彼をして何故か普段より身近に感じるものだから不思議なものである。何でもそつなくこなせそうな優秀な男という印象が、少し崩れて見えるせいかもしれない。
 そうしたクリスの思いは顔に出ていたのだろう。むっとした様子でレスターは口を尖らせた。
「君だって、けして好印象ではなかっただろう」
「それは否定しない」
「ほらみろ」
「だが、レスターほど極端な感想はない。せいぜい、亡くなった姉とやらのことを思って不愉快になっただけの話しだ」
「姉?」
「跡継ぎとして育てられた者がその役目を放棄すると、残された者は大変だという話しだ」
「……ああ」
 そこでレスターも、レイ家のことに思い至ったのだろう。
「君のことは全く考えていなかったのだが、その、すまない」
「いや。別に俺の妹は嫌々というわけではなかったし、父親も俺が放棄したからと言って無理矢理妹に継がせようとしていたわけではなかったから、少し事情は――」
「まぁまぁ」
 若干、声が大きくなっていたのだろう。苦笑でしかない笑みを浮かべながら、ガストンがふたりの間に割って入った。
 気づき、赤面し、クリスは再び後頭部をかきむしる。
「すみません」
「いえいえ。まぁ、言ってることはもっともですしね。ですがけして、村長どのも家族や姉君を嫌っていたとか不仲だったとかそういうわけではないんですよ。よくある話、少しばかり頭が良かったばかりに、時間の止まったようなこの村が好きになれなかったということです」
「それなら、村長という役割を他の家に移しても良かったんじゃないのか?」
「時間があればそれも可能だったんでしょうけど。それなりの教育を受けた者があまり居ませんのでね。中継ぎにしろ何にしろ、一旦は学のある今の村長どのに任せるより他なかったんですわ」
 どうしようもなかったと言えるほどの事情とは思えないが、村には村の問題があるということだろう。
「それにまぁ、メイヤーさんにもちょっと関わっていましてね」
「と、言うと?」
「直接にでは勿論ないんですけどね。村長殿、建築だとか設計だとか、そういうのの勉強をしたかったようなんです。と言いますのも、――ああ、あれですよ」
 言い、ガストンは部屋の隅を指さした。クリスとレスターはほぼ同時にそちらへと顔を向け、やはり同じタイミングで首を傾げて互いを見遣る。
 あれ、とは言われたものの、視線の先にあるのは年季の入った棚とその上にある人形や古い玩具の飾りだ。客を招く部屋に置くにしては些か場違いなものであり、それを理解しているのか人形立ちもどことなく居心地の悪そうな座り具合である。
 思い入れがあるといわれても、ひと目見ただけでは判らない。怪訝に眉根を寄せれば、ガストンはにやりと人の悪い笑みを浮かべたようだった。
「あれ、メイヤーさんの作品なんですよ」
「え?」
「あ」
 疑問符を浮かべたクリスの横で、レスターが小さく声を上げた。
「クリス、あれは君が例の鍵を見つけた人形じゃないか?」
 立ち上がり、椅子を避けてレスターが棚の方へと大股に進む。慌ててクリスが追いつけば、なるほど、どこかで見たことのある人形がいくつかあるものの中に埋没するように立ちつくしているのが目に入った。
「ああ、からくり人形ですね。それもメイヤーさんが始めに作ったんですよ」
「そうだったのか?」
「ええ。どこぞの金持ちの娘さんに依頼されて作ったそうですが、それを見た商人がこれは受けると商品化したのが流行ったって話しです。メイヤーさんは手先が器用でしてね。他にもいろいろと作ったんですよ」
「そうだったのか……」
 多芸だなと呟くクリスだが、内心はどことなく複雑だ。思い出してみればクリスにもいろいろと因縁のある人形である。
(そういやあの鍵も結局……)
 うやむやのまま宙ぶらりになった形の鍵についてだが、行方については実はあまり難しくは考えていない。話が再浮上しないのは他のメンバーやその上層部にもある程度行方の検討はついているということであり、クリス自身もそう考えている。あれは内部の犯行であり、クリスを除く他四人、絞るならばアランと今ここにいるレスターのどちらかの仕業であり、そういう意味では今すぐに場所を特定する必要はない。
 だがそれとは別に、己の甘さが招いた結果の紛失、その夜のことが脳裏を過ぎれば乾いた笑いも出るというものだ。それをどう受け取ったのか、ガストンまでが半笑いの顔で首を横に振った。
「儂も、あの頑固親父からどうしてこんな繊細な作品が生まれたのか、未だに疑問ですわ」
 明らかな勘違いである。だが訂正する必要もないことだ。
「いや、そこまでは思っていないが。――だが、その多芸がもとで『組織』に目を着けられたというのなら、彼も不本意だっただろう」
「まったくその通りです」
 メイヤー・ハウスの捜索、もといヨーク・ハウエルからの情報が元でその存在を知り得た建築家だが、意外に初めから関わっていたのだなとクリスは長い息を吐いた。国際的な犯罪組織という認識の一方で、どうにも事件の核の部分で関わる人物が限られているような気がしてならない。
(もっとも、その『国際的』な部分は国の上層部がなんとかして介入を防いでいるだけかもしれないけど)
 あれこれと気になる一方で、ひとりの人間が全てを知ることなどできはしないとも判っている。手を広げすぎても意味はない。広い視野から俯瞰して眺めることの出来る能力も経験も、年若いクリスには存在しないのだ。
 今は積極的に動き、目の前の問題をひとつひとつ片付けていく、それが精一杯で且つやるべきことなのだろう。
 茫洋とした思考の海から現実へと目を戻し、同時にクリスは近づいてくる足音の方を向いた。


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