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「しかし、よく気付いたな」
「――いや」
 感心した様子のレスターにどう説明したものかと、クリスは言い訳を探しながら顎を撫でる。
「家の外に誰かがいたような気がした。一瞬、長く会わなかった知り合いに見えて」
「ああ、そう言えば誰かの名前を呼んでたな」
「たぶん見間違いだったんだろうが、その時に向こう側の屋根が変に傾いているのに気付いたんだ」
「なるほど」
 頷き、レスターは一歩前に進み出る。
「しかし、単なる目の錯覚ではなさそうだ」
「え?」
 どことなく敵意の籠もる声に、クリスはつられるようにレスターの視線の先を追う。
 そして、ものの数秒。見つけると言うほどの手間を掛ける必要もなく、彼の目は嫌悪に相当するものを発見した。
「あ……」
「遅れて到着した合図としては、なかなか洒落ている」
 ザリ、とレスターの靴が細かい砂利を踏みならす。
「だが、少しばかりおいたが過ぎたようだな?」
「あ……いや、その……」
 レスターの言葉は、これまでの経過と偏見のみで構成されているわけではない。彼の向かう先にいる人物、村長の手に明らかに不審な角材が握られてたからだ。明らかに古く少し焼けた、見比べるまでもなく先ほどまでこの家を構成していた一部と見られる代物と言えば推測も容易いだろう。
 逃げる余裕もなくふたりの軍人に囲まれた村長は、腰を抜かしたような姿勢からカタカタと奥歯を噛み鳴らした。それを見下ろしながら、クリスは大げさに上げた足で角材を蹴り飛ばす。
「どういうことか、聞かせて貰おうか」
「ち、違います、僕は、僕は、まさか、ほほ、本当にこうなるなんて」
「こう、とは?」
「その、済みません! ぼ、僕は……」
「要領を得ないのは嫌いだ。要するににお前は、俺たちを殺そうとしたのだろう?」
「そそそそんな! 僕はそんな、そんなこと思って……」
「思っていなければ、どういう結果になろうとも自分のせいではないというのか!」
「ひっ!」
 クリスの一喝に文字通り飛び上がり、村長は更に身を屈めた。
「済みません、す、済みません!」
「謝罪の言葉は結構だ。だが、誰の指示だったのかは教えて貰おう」
 すらり、と剣を抜き放ち、クリスはゆっくりと村長に刃先を向ける。既に地に這い蹲っていた男は、それだけで体をガクガクと震わせた。
 無理もない。威圧的な外見のクリスに加え、レスターまでもが剣の柄に手をかけながら鋭い目で睨んでいるのだ。いくら村長が見かけに反する手練れだったとしても、ふたりを相手に立ち回るには無理があるだろう。
 先を促す意味を込めて足下の砂を鳴らせば、調子外れの悲鳴が響き渡った。
「い、い、いい、言います、だから、助けてください!」
「無駄口は要らん。簡潔に言え」
「そそそ、その、ぼぼ僕はし、知らないんです!」
「は?」
「か、書き付けにの、残って、ま、まして、そそそ、その」
「書き付けとは?」
「村の記録です。そこに、それだけです! ほ、本当に!」
「お前の前の村長が書いたというのか? 仕掛けを作動させて人を殺すようにと」
「ででででも、そうしないと殺されるんです!」
「殺される? お前が? 誰に?」
「知りません! でも、祖父と姉が殺されたんです、や、約束を守らなかったから……!」
 クリスとレスターは同時に眉を顰め、村長を見遣る。問うような咎めるような視線を受け、村長はふところから震える手で薄い冊子を取り出した。読んで理解してくれといったところだろうが、クリスの方も素直に受け取るほど抜けてはいない。
 警戒しながら近寄り、差し出す手を剣の腹で避けてから肩を蹴り倒す。悲鳴を上げて背後に倒れた村長からレスターが冊子を奪い取り、クリスはそれを横目に剣を逆手に持ち直した。
 一瞬の間を置いて、地面が鈍い音を立てる。
「……」
 真っ青な顔で空を見つめる村長の耳のすぐ横、僅か1センチメートルといった場所に剣を突き刺し、クリスはレスターへと振り返る。頷いたレスターは、冊子をクリスに渡すと、廃屋を囲んでいた柵のひとつを抜き、丁度クリスの剣の対称となる位置に同じように突き立てた。
 さすがに目を丸くして瞬き、クリスは涼しい顔の彼へと声を絞り出す。
「やりすぎじゃないか?」
「念には念を、というやつだ」
「白目剥いているが」
「君が剣を突き立てた時点で既に泡を吹いていたよ」
 肩を竦め、レスターは口端を曲げた。そうして、しかし、と眉根を寄せて言葉を繋ぐ。
「いろいろな意味でこの男は余計なことをしてくれたな。さすがにもう、この家から何かを見つけるのは難しいだろう」
 頷き、クリスは顔を上げて崩れ落ちた家の残骸を睨んだ。不自然に人工物の折り重なるそれは今や、十数年前に焼け落ちた半分よりも酷い様相を呈している。焼失とは違った意味で、残された物から原型を特定するのは困難を極めるだろう。
 気絶した村長の横から剣を回収し、彼自身の上着で巧みに縛る簡易の拘束を行いながら、クリスはため息を吐いた。
「探したところで、何も残っていない気がする」
「そうだな。もしかしたらもともと、こういう目的のために残されていた可能性もある」
「どういうことだ?」
「半分しか焼けなかった理由だよ。もしかしたら本来はもっと早く使われているはずのものだったのかもしれない」
 レスターの言葉に目を見張り、クリスは改めて目の前の残骸に手をかけた。どうにか元の場所に留まっていた家の一部が、そんな軽い衝撃で更に崩れ落ちる。言われてみればなるほど。屋根が落ち、支柱が腐り、歳月という名の全体的な歪みが家を蝕んでいたからこその惨状ともとれる。
「しかし、この家はいったい何だったというんだ? まさかブラム・メイヤーが『罠の家』として作ったとでもいうのか?」
「さて。私の知るところにはないが……」
 意味ありげに言葉を切り、レスターはクリスの手にあるものへと視線を落とした。
「だからこそ、それを奪ったんだろう?」
 もっともな指摘である。気絶した村長が目の端に入る位置に立ちながら、クリスは促されるままに慎重に古い冊子を捲った。
 あまり質の良くない紙が音を立て、一ページ二ページと指が進み、そして、
「っ!」
 思わず、息を呑む。


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