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「バーナード・チェスター……!?」
 低く押し殺した、しかし驚きの隠せない声にレスターまでもが瞬時に眉根を寄せた。彼は疑うように覗き込み、次いで同じように小さく唸る。
「まさか」
「いや、はっきりと記載されている。11月15日火災発生、死者一名、バーナード・チェスター……」
「莫迦な。それならヨーク・ハウエルが気付かないはずはない」
「いや、彼はこのメイヤーが辿った道については知らなかった」
「だがチェスターのことは調べてるんだろう? 当然、自殺した場所くらいは知っているはずだ。知ってるだけで満足するような男には見えない」
「ここにかつて来たとしても、村長宅を訊ねなかったとしたら? 罠は誰かが作動させないといけないんだろう?」
「情報を集めているにも関わらず、一番何か知っていそうな村長に挨拶に行かなかったとは思えない。……いや、これは憶測だな。もう少し、何か書いていないのか?」
「村長の言っていた指示はこれだな。欄外に小さく書かれている」
 チェスターの焼死についての記載はごく普通の文字で、他のページの形式と同じものだ。問題はその端、注釈のように細かく殴り書きのような筆跡で付け加えられた文章だ。
 内容はごく簡潔である。11月15日のことについて訊ねる者があれば案内をし、その上で仕掛けを作動させるようにといったもので、何が起こると言ったことは書かれていない。更に小さく、守らねばまた殺す、ということが付け加えられているが、こちらは今の村長に宛てたメッセージということだろう。
「村の事を書いている文字とは明らかに違うな」
「村長は明らかに何が起こるか知っていたようだが、それは書いてないな」
 注釈を書いた人物に直接何か脅されていたと考えるのが妥当といったところか。いずれにしても仕組まれていたということを裏付ける以外の何かはそこから読み取れそうにもない。
「村長が起きてから話を聞くしかないか」
「いや、その男は当時は村にいなかったんだろう? さほど何かを知っているとは思えない」
 レスターの言葉に頷き、クリスは首を軽く傾けた。
 おそらくは、注釈を書いた人物と直接会ったのは先代の村長とその姉だ。だが彼らは脅迫を受けてから数年後、クリスたちのように訊ねてきた者へ仕掛けを作動させなかった。結果彼らは殺され、いつの間にか次の村長への忠告が加えられ、それを見た今の村長が遂に実行に移すこととなったという流れだろう。
 組織の者がバーナード・チェスターに連なる反逆者を潰そうとしていたのであれば、作動の遅すぎた罠と言わざるをえない。こうして故人の足跡を追ってはいるが、クリスたちは厳密には当時彼と共謀していたメンバーではないのだ。気の弱い村長が遠い昔の影に怯えて実行に移さなければ、いつか冊子を見る者もなく忘れ去られていたことだろう。
 しかしそうなるとやはり村長から得られるものは乏しいと結論着けざるを得ず、当時から村に住み続けている者に話を聞くしかないということになる。だが既に十数年経過した昔のことを聞いて回るとなるとかなり骨の折れる作業になりそうだ。
 そうして考えあぐねることしばし、廃屋の崩落が起きてから十分は経過していただろう。間抜けなことにふたりしてその可能性を忘れていた事に気付く直前、遠くから聞いた声がふたりを呼んだ。
「おーい! 何があったんだ!?」
 ガストンである。
 まさか、かなり離れた場所にある村長の家にまで響いたのかと到着した彼に尋ねれば、彼は後ろを向いてもうひとりやってきた人物を紹介した。
「すぐそこの家に住んでる人ですよ。隣と言うには離れてますけど、すごい音が聞こえたって驚いて家にやって来ましてね。儂も慌てて一緒に来たってわけです」
「それは、お騒がせしました」
「……しかし、どうしたんです?」
 あきらかに面食らった様子で、ガストンと隣人を名乗る年配の女性が忙しなく周囲を見回している。具体的に言えば、崩れ落ちた家と妙な拘束を受けながら気絶している村長との間の往復だ。
 さすがに村人相手にどう説明したものかと考えあぐね、クリスは喉の奥で唸る。同じく妙案が浮かばない様子のレスターを横目で確認し、彼はこの場で最も頼りになるはずの人物へと目配せで助勢を乞うた。
「あー……」
 気づき、一度困ったように頬を掻いてから、ガストンは女性へと向き直る。
「ええと、ブレンダさん。この人たちは王都の軍人さんです。ここへはちょっとした調査に来たんですわ」
「は、はぁ……」
「怪しい人たちじゃないのは確かです。こちら、四位貴人の号を持つ正真正銘のエリートさんですから」
「え、……ええ、それは判りましたけどね、それで、いったい何が……?」
 混乱したままの女性は、丸い腹の上で腕を組み、訝しげな目でクリスたちを見遣る。不審と言うよりは驚愕と困惑が感情の大半を占めているような表情だ。年の頃50ほどの丸い顔に、冷静に何かを探るような色は全くみられない。
(むしろ警戒は薄い。ガストンさんがいるためだろうけど。いや、隣人ってことは、これは好機かな?)
 選択肢はそう多くはない。誰もいないはずの廃屋が更に崩れ、そこに居合わせた人物が事情を知らぬはずはないのだ。さらに拘束された哀れな状態の村長までがいるとなれば、とぼけたところで怪しさが増すだけである。強引に権力を行使して女を黙らせて帰すという手もあるが、如何にも刺激と情報に飢えていそうな田舎では逆効果になるだろう。
 幸い、どうやら村長は村民にあまり好意的には見られていないらしい。短時間の観察で何が判ると言われればそれまでだが、相応に慕われているとするなら、そもそも哀れな状態の村長について言及がないのは不自然というものだ。それでもはじめのまま、剣を横に突き立てた状態であれば、悲鳴のひとつでもあげられていたかも知れないが、今は拘束状態とは言えどことなく滑稽にも見えることも幸いしているに違いない。
 おそらく程度さえわきまえれば、村長を悪役として説明をしたとしても疑われることはないだろう。
 それよりも情報を得る絶好の機会だと判断し、クリスは女にも聞こえるように配慮しながら、緩衝材とも言うべきガストンへ別れてからの事を説明した。
「……要するに、調査の途中で村長が不審な動きをしたと。それが原因かどうかは判らないが家はとにかく崩れ、村長は勝手に気絶していたので、起きた後逃亡防止になる措置を図ったということですか」
 困惑したままの女性を見てか、ガストンが更に簡潔に要点をまとめて口にした。頷き、クリスはレスターへと補足を求めて視線を流す。
「とりあえず、あらためて縄か何か借りるべきか?」
「そうだな。村長どのの身の潔白が証明されるまで自由にするわけにはいかない。申し訳ないが、何か身を縛るものを貸していただけないだろうか?」
 後半はブレンダと呼ばれた女性に向けての言葉である。突然振られた話に何度も瞬き、数秒おいて彼女は首を横に振った。
「あのう、悪いんだけど、うちには今、長い縄の取り置きがないんです」
「あ、それなら、村長の家にはありましたよ? 儂がひとっ走り行ってきますわ」
 言うや、ガストンは誰の返事も待たずにすぐに走り出す。女の語尾から一秒となかっただろう。
 今までの道のりと合わせ、なんともフットワークの軽い老人だとクリスは緩く頭振った。


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