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「さて……」
 そうして、ぎこちない沈黙が流れる前にと接続の言葉を紡ぐ。
「悪いが、俺たちが村長に別な危害を加えなかったという証言の為に、しばらくここにいて貰ってもいいだろうか?」
「は、はい」
「あなたがたの村長にこんな真似をして済まないとは思うが、我慢もしてもらいたい」
「いえ、それはまぁ、……デニスさんは人の話を聞かない時があるんで、軍人さん相手に何か勘違いしてやらかしたのかなと思ってますし」
 デニスというのは村長の名前か。
 村人にこうまで言われる村長の普段の逸話を聞いてみたい気持ちを抑え、クリスは話題を変えるように別のことを口にした。
「失礼だが、あなたはずっとこちらにお住まいですか?」
「はい、まぁそうですが」
「でしたら、火事があったときも隣の家に?」
「ええ、はい。そうですよ。あの時は大変だったわぁ」
 後半は目を遠くに向けながらの呟きである。思い返すもしみじみ、といったところだろうか。
 そんな感慨深げな村民を正面に、レスターへと目配せをしたクリスは、殊更興味深げに相づちを打った。
「確か、ここに住んでいた人が亡くなったという話でしたね?」
「そうなのよ。と言っても、ここだけの話なんだけどね。実はチェスターさん……住んでた人なんだけど、火事で亡くなったわけじゃないのよ」
「おかしな話ですね? 亡くなった後に火事が?」
 実のところ、少し前から気になっていたことでもある。ヨーク・ハウエルの示した自殺の日付は11月14日。だが村の記録によれば15日に火災で死亡となっているのだ。
 疑問に絡む内容へ移行したことで心拍を上げつつ、知らぬ振りをして続きを促せば、ブレンダは憚る話をするように更に声を潜めた。
「火事の起こる前の日に自殺してるのを見つけたって話よ。あ、アタシは丁度畑仕事してて発見したわけじゃないんだけど、ちょっと結構、こう、あんたたちみたいに都会の臭いがする洒落た男だったからさ、今はもう引っ越しちゃった村の女が世話焼きに行って見つけたんだって。それで、どうみても自殺っぽいんだけどちょっと怪しいからって、その時の村長の計らいで街に届け出ることになって、その間に火事が起こっちゃったってわけ」
「自殺された日から結構経ってたんですか?」
「まさか。次の日ですよ。アタシたちもさ、あんまり付き合いのない人の死体が置きっぱなしになってる家になんて近寄る気になれなかったもんでね、その日は誰もいなかったんじゃないですかねぇ? 灯りだけは付いてたし、風がそこそこあったから、それが倒れて火が付いたんじゃないかって」
「それにしては、あまり焼失してないようだが……」
「その時の村長さんが見回りに出たときに気付いたんだけど、結構発見も早かったみたいでさ。火の回りは早かったけど、これだけで済んだってわけですよ」
 なるほどとクリスは頷いた。――そうだとすれば、全焼が免れたことに関してのみ不自然さは消える。
「では、火事の事も含めて調査の手が入ったということだろうか?」
「それなんですけどねぇ。チェスターさんの遺体まで焼けちゃって。なんかもそれでてんやわんやになってるうちに街への調査届け出もうやむやになっちゃって。ほら、こんな田舎でしょ。どう考えても自殺っぽかったしこれ以上ややこしいのは勘弁ってことでね。村の中でもここらへんじゃない人は火事で人が死んだって思ってる人の方が多いんじゃないですかねぇ」
 言ってから、さすがにばつが悪いと思ったのだろう。ここだけの話、と言い聞かせるように繰り返し、ブレンダは深々とため息をついた。
「今でも覚えてるんだけどねぇ。火事の起こる丁度ひと月ほど前にさ、チェスターさんのとこに珍しく誰かが来たわけよ。その人がうちの子供に玩具とかいろいろくれて。それが切っ掛けで、それまで何年も付き合いらしい付き合いしてこなかったチェスターさんとちょっと喋るようになったんです。その後王都まで行ってきたからって高価なお土産までくれて」
「王都? 亡くなる前に?」
「ええそうですよ。もともとパリッとした格好で時々出かける人でしたしね。それでちょっと田舎付き合い拒絶されてるみたいで距離置いてたんですけど。思ったよりいい人で、これから仲良くなれるかもって家族で言ってたときだったから、ショックでねぇ」
 物憂げに息を吐くブレンダを前に、クリスは今し方の発言を頭の中で繰り返した。
 火事の起こる前の訪問者。子供への玩具。王都への旅。それらを今まで得ていた情報と照らし合わせるなら、自然につながる道ができる。
「どうやら、ブラム・メイヤーがバーナード・チェスターに何か情報を与え、それが切っ掛けとなって事態が動いたと見た方がいいようだ」
 ぼそり、とブレンダには聞こえないほどの声でレスターが呟く。今まさに同じ事を考えていたクリスはほぼ反射的に頷き、顎を指で掻いた。
(メイヤーが組織側かチェスター側かはともかくとして……)
 夏の終わりか秋、その頃にチェスターは、訪れてきたメイヤーから衝撃的な情報を聞いた。それを確かめに王都へ出向き、しばらくして自殺を図った。それが11月14日。火災の記録が残っているのはその翌日だが、現村長の行動、食い違う隣人の証言、そして焼け跡に細工が施されていたことを考えると、故意に誤解を生む記録を行った可能性が高い。何も知らぬ者が記録を読めば、火災が起こって村民ひとりが亡くなったとしかとれない文章だからだ。
(火事が自然発生ってのはさすがにタイミングがおかしいけど、ブレンダさんが言ってるみたいに、ないわけじゃないし)
 では逆に、家を焼く必要性はあったのだろうか。
 バーナード・チェスターに連なる者を殺害するための罠を仕掛けたかっただけであれば、何も火事など起こす必要はない。むしろ、自殺当時の状態が残っている方が有利だろう。
(火事を起こす理由があるとすれば、焼きたかったものがあるから。つまり、バーナード・チェスターが何か残しているだろう事を想定して証拠隠滅を図ったと考えるべきか)
 思い、否、と直感に従って緩く頭振る。
(家の中をどうにかするだけじゃ、駄目だろうな。組織を追っていたような人物が安易な場所に大事なものを置いておくとは思えない。となれば、他に消してしまいたいことは……、いや、現状、火事が起こったために変わったことは?)
 自問自答を続け、そうして一拍置いて、クリスははっと目を見開いた。
「自殺への調査か……?」
 本当に自殺だったのかという根本的な問題については疑ってはいない。チェスターを確実に始末したいだけなら何も、人がいつ来るかとも判らない家の中で行う必要はないからだ。どこか他の場所で殺害し、行方不明で処理を終えることの方がはるかに容易で目立たない。
 だが、自殺と断定されるような状態であったにも関わらず、当時の村長は街に届け出ることを選択した。
(退職後は放置されていたとは言え、自殺の調査に及べば王都の方にも情報は流れるはずだ。いや、もしかしたら当時の村長はチェスターのことを知っていて敢えて役人を呼ぼうとしていたのかも知れない)


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