[]  [目次]  [



 だが火事は起こり、結果として事件性のない火事による村民一名の死亡で処理されてしまった。
「……ひとつ不思議なのだが。当時の村長は、何故不審火として街の方に報告しなかったのだろうか?」
 ブレンダからの証言が途切れたのを良いことに、クリスは強引に話を戻す。
「自殺後の火事など、余計に怪しいと思うのだが」
「さっきも言いましたけど、後の処理がかなり大変でね。持っていた家とかどうするかとか、損得合わせて村の中で揉めちゃって。チェスターさん、自分では管理してなかったけど、村長さんから結構な面積の果樹園とか買ってたらしくて」
「なるほど。下手に役人の手が入ると、国に押さえられてしまうと思ったわけか」
「そうなのよ。うちは果樹園の持ち主に雇われてる貧乏人だからさ、あんまり関係なかったんだけど。はじめから何でいちいち街に届け出るんだって声もあったみたいだし、村長さん、まとめ切れなかったんじゃないかしらね」
「失礼だが、今の村長と同じく、あまりしっかりした方ではなかったとか?」
「いえいえ。全然違いますよ」
 大きく否定し、ブレンダは何かを思い出したように口に手を当てた。
「――ああ、そうですねぇ。村長権限で届け出ることもできたのに、何でだったんでしょ」
「誰かから強く言われたとかでは?」
「ううん、覚えてないですねぇ。とにかくすぐに届け出止めたってことだけしか。あとはせいぜい火事のあった後、村長さん、やたら一人で歩くなとか夜間は家に居ろとか、子供から目を離すなとか言うようになってましたね。実は火事が放火で怪しい人の情報でもあるんじゃないかって噂になってましたけど、結局それもいつの間にか話が消えてましたねぇ」
「火事の後、特に怪しい人物を見かけたりもなかったと」
「こんな村ですからね。村民以外がうろうろすればすぐに判りますよ。絶対にとは言えないけど、覚えてないって事は何もなかったんじゃないですかねぇ?」
 いつの間にか事情聴取のような会話になっていたにも関わらず、気付いていないのか、ブレンダはあまり記憶が残っていないことへの謝罪を口にした。人が良いのか話し好きなのか、――おそらくは両方なのだろう。
 むしろ十年以上前のことをよく覚えている方だと思いながら、クリスは心の中で彼女への感謝を述べる。思わぬ事態に焦りはしたが、すぐに彼女に出会えて話を引き出せたことは僥倖だった。むしろ、これである程度話が繋がった以上、これ以降の村民への聞き取りは時間の無駄となる可能性が高いほどだ。
(――だけどこれで予測が立てられるようになったのは、メイヤーの行動とチェスターとの接点、それに自殺には組織の関与があったってことか)
 火事の焼け残りを利用して仕掛けを作ったのは、作動が今になったことも合わせて考えれば、あまり期待のされていない罠だったと考えるのだ妥当だろう。どちらかといえば当時の村長への警告或いは脅迫の象徴だったと考える方が自然である。
 今後調べなくてはならない問題は、チェスターが何を聞いて何を調べに王都へ行き、そこで自殺するほどの何を知ったかということか。加えて、自殺する日を明示したメモが何故セス・ハウエルの手元にあったのかということだ。
(法務長官、か……)
 正直なところ、ふたつめはそうと判っている人物に聞けば済むはずの話である。否、むしろ彼がひとつめも含め全ての情報を握っている、そんな感じがしてならない。知りながら隠す必要のある何かがあるのか、今更判明したところでどうにもならない無駄な情報であるからなのか。いずれにしてもクリスたちは、彼の掌の上にいる。
 この時点でクリスは、セス・ハウエル法務長官が「皆の前に出られないほどの重体」であるとは既に思っていない。だがその息子の様子を見るに、表舞台へ戻ってくるのはまだしばし先のことなのだろう。
(とりあえず、それはどうにも出来ない問題だし)
 ため息をついた先、背の高い草の端に動く人が見え始めたことに気づき、クリスはレスターへと振り返った。
「これくらいか?」
「そうだな」
「おおごとには、しないほうが良さそうだが?」
「余計前なことで組織を突く必要もあるまい」
 同意を得、クリスは未だ気絶している村長へと視線を向ける。ある意味彼も被害者だ。交流があったか否かはもはや不明として、バーナード・チェスターに関わったばかりに望まぬ事態に巻き込まれることとなったのも確かである。
 とても好意の抱ける性格ではなく、しでかしたことも許し難いが、問題なく無事に済んだ事を思えば精神的な負荷を残す程度に収めた方が無難なのだろう。
(この村長のことはガストンに任せても問題ないかな)
 思いながらクリスは、縄を手に坂道を進み来る人影に大きく手を振った。


[]  [目次]  [