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 立ち上がり、予想通りの人物へと深々と頭を下げる。それに鷹揚に頷き、男は次にダグラスへと視線を移した。
「ご苦労だったな」
「ホント、面倒なことさせないでくださいよ」
「お前がいろいろ面倒な情報寄越すからだろうが」
「だから、僕のせいじゃありません。連れてきたクリスが発信源です」
「それをうまく解決してから報告するのが正しい部下の形だろうが」
 ああ言えばこう言うとはまさにこのことだろう。さすがにげんなりした様子のダグラスに同情を覚えながら、クリスは自らの上司の姿を思い浮かべた。
(……駄目だ、あの人も結構個性的だわ)
 どうにも癖があるのは軍部の特徴か。或いはそれくらいでなくては力の有り余った軍人達のまとめ役など出来ないのかも知れない。
 上司と部下が嫌みの押し付け合いを繰り返し、残るひとりが逃げるように黙りを決め込んだのを見てか、部屋の主は深々とため息を吐いたようだった。
「どうでもいいけどさ。ここは会議室じゃないんだよ。さっさと座って用件済ませちゃどうだい?」
 もっともな意見である。意外性を求め奇をてらって娼館を落ち合う場所に選んだのか、はたまた他の意図が会ってのことかはさておき、意味のない長話が住民に迷惑でないはずがない。
 呆れを含み湿った目を向けられた軍務長官はそれもそうだとあっさりと正しさを認め、再び何の断りもなくモイラの横に腰を下ろした。
「おい、水」
「……はいはい」
 これを厚かましいと言わずしてなんと言おうか。黙って立っていればそれなりに威厳あるようにも見える男だが、今はどう見てもただの厄介な不良中年である。だらしなさとは無縁のようだが繊細さとも付き合いがないようで、声もでかければ態度もでかい。
(密談なんじゃなかったのか……)
 思わず、クリスが心の中で突っ込みを入れてしまうほどである。これでは、隠すものも隠せない。
 彼の思いを正確に読み取ってか、ダグラスは達観したような様子でいつものことだと呟いた。――なるほど、ヴェラが以前疲れた様子で帰ってきたことにも頷ける。
 だが第一印象がどんな人物であれ、ただの男に何年も軍務長官が務まるわけがない。ましてや、法務長官と直接関わりのある人物だ。一筋縄ではいかないのは確かだろう。
 気持ちを改め、クリスは軍務長官へと向き直った。
「早速ですが、私をここまで呼び出した理由は何でしょうか?」
 問いに、軍務長官は口の端を吊り上げた。獰猛な肉食獣のような笑みにたじろぎ、クリスは身を固くする。
「性急だな」
「なにぶん損な性分ですので」
「なるほどな。――おい、お前、こいつからくそ真面目の秘訣でも習っておけ」
「僕は充分真面目です。長官こそ爪の垢でももらったらどうです?」
 演技でもなく顔を顰めながら、ダグラスは言葉を吐き捨てる。
「それより、純情な僕もこういう場所は緊張してたまらないんですよね。さっさと話終えてください」
「なに枯れたこと言ってるんだ。どうせなら遊んで帰れ」
「ツケは長官に回しますよ」
「ぬかせ」
 鼻で嗤い、軍務長官はクリスへと視線を流した。
「おっと、悪いな。こいつのせいで話が逸れるところだった」
 わざとらしいにもほどがあるが、ここは突っ込まないという選択肢が正しいのだろう。目を伏せ軽く頷き、クリスはじっと見返すことによって先を促した。
 一拍置いて、幾分真面目な顔をした軍務長官が口を開く。
「まぁ、冗談は置いておいてだ。ここへ来て貰った理由は判ってんだろ?」
「私が会った男についてかと」
「メインはそれだな」
 含みのある言い方で言葉を切り、軍務長官はクリスに何かを乞うように手を差し出した。
「持ってるだろ、例の顔絵。この女に見せてみろ」
 言われ、なるほど、とクリスは懐へ手を伸ばした。確かにあの男を組織の一員と考えるなら、モイラもかつて会ったことのある確率が高い。慧眼、というよりは視野の広さの問題だろう。
 促されるままに紙を取り出し、クリスはモイラへと視線を移した。
「これを見て欲しい。確認だが、ニール・ベイツはこういう顔ではなかったか?」
 持っていた顔絵を広げ、クリスはモイラの方へと押しやった。軍務長官とダグラスは既に同じ複製品を見たことがあるのだろう。それには興味を示さず、モイラの顔に注目している。
 三方からの視線を受けながら顔絵を検めたモイラは一度眉間に皺を寄せ、次いでそこを揉むように指を当てた。
「残念ながら、何度かちらっと見たニール・ベイツって男とは全然違うね」
「……そうか」
「だけどコイツ、見たことがある」
「!?」
「ちょっと違うけど、だいたいこんな感じって言うか」
 自分の中で確信は持ちながらも他人に向けて絶対といいきれない、そんな微妙なラインの記憶なのだろう。断言はせずモイラは自分の頭の中を探るように腕を組んだ。
「客か?」
 そんな、遠慮のない問いかけをしたのはむろん軍務長官である。だがモイラはすぐに首を横に振った。
「違うね。客を連れてきてた方さ。……ああそうだ。いつも仮面を被った変態を連れて来てた奴だ」
「変態って……深くは聞かない方がいいんだろうなぁ」
「教えてやっても良いよ。そうさね、あんたみたいな綺麗な顔の男の子も好きだったみたいだし」
「やだなぁ。僕にそんな趣味はないからごめんしたいね」
「はん、買う相手の趣味なんか頓着するもんか。金さえ積めばどうとでも出来る、そんな場所だったしねぇ」
 とは言え、金で縁が切れるというところでもなかっただろう。一度でも使えば将来的にそれをネタにされる、そんな悪循環を容易く生み出せる商売だ。
 本気で鳥肌を立てている部下を余所に、軍務長官は幾分真面目な様子で顔絵を指でなぞった。
「どっちにせよ、コイツはその時代からの組織の一員だったって事だな?」
「アタシの記憶が間違ってないならね。絶対の保障はしないよ。それに名前は思い出せない。覚えてるのはときどき、メイヤーにいろいろ作らせてたことくらいさ」
 突然出た名前に、クリスははっと顔を上げた。その反応に、モイラが目を丸くする。
「メイヤーとは、建築家のブラム・メイヤーのことか?」
「そうさ。さっきも言ったけどさ。あの屋敷は拠点って規模じゃなかったけど、言ってみれば会議とかで使われてたようなもんさ。だからメイヤーも建物造りのために連れてこられてたのさ」
「組織の一員で、建築担当ってことで?」
「どっちかっていうと、強制的って感じだったけどね。女与えて貰ってたわけじゃなさそうだし」


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