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「それが?」
「ですが、私の得ている情報に出てくる人物はごく僅かです。捜査官を殺害した『組織の幹部らしき何者か』、馬車が大破した現場にいた『小太りの男』『浮浪者』、2長官の密談現場を襲撃した集団と『ニール・ベイツ』と『ニール・ベイツの偽物』、捜査官に危害を加えていた『雇われたゴロツキども』、ベイツの偽物を爆破事件で殺害した『ルーク・セスロイド』と殺された『フィップ・シェリー』、浮浪者を殺した『顔絵の男』、マイラ・シェリーと消えた『ケアリー・マテオ』」
「……」
「このうち『浮浪者』は被害者で、『ニール・ベイツの偽物』と『フィップ・シェリー』、『雇われたゴロツキども』は利用されただけという感があります。それとは別に、『小太りの男』『ルーク・セスロイド』『顔絵の男』はいろいろな情報を合わせれば同一人物の可能性が高い」
 加えて言うなら、最初に捜査官を殺害した人物も同様か、或いはニール・ベイツと考えるべきだろう。
「ここまでまとめてみると、はっきりと動いていると判る人物は『ニール・ベイツ』『ルーク・セスロイド』の二名のみ。強引に加えて『ケアリー・マテオ』といったところでしょう。組織が重要な”物証”を手に入れようと躍起になっているにしてはこれは少なすぎるのではないですか?」
「水面下に居るだけかもしれんがな」
「ですが、外国から手が入っている具体例はありません。殺害された人物が多くやっていることは派手に見えますが、実際には重要な場面で目撃があるのは『腹の出た軍服を着た男』が殆どです」
「でもクリス」
「ダグラス、お前は初めの会議の時に言ったな? 敵は国際的犯罪組織なのかその残存勢力なのかと。そのときはどちらでもないし判らないとして終わったが、俺には後者のように思える。そして、そうである限りは五年目のことは過去で済ませてはいけないんじゃないか?」
 因縁、と言えばひとことで片付くのかも知れない。この一連の事件は残された過去に火が付いたものだと。五年前に長官たちの手から滑り落ちた何かが今彼らの足下にまとわりついている。――否、もしかしたらそれ以前からの。
 勝手に語り出したも同然の推測に、軍務長官は顔を顰めたようだった。だが、若輩者の勝手な発言に不快を示しているというには些か険がない。
 一秒、二秒、拷問のような沈黙が続いた後、彼は唐突に長く息を吐き出した。
「あの男は、俺と取引した奴でな」
「あの男、と言いますと?」
「お前が最期を看取ったという老人だ」
「!」
 驚き、クリスはガタリとソファの脚を鳴らす。
「取引というと……、正式に雇っている者ではなく、街に放った情報屋ということですか」
「そうだ。長年住み着いている者をああして雇う。街の情報を貰う代わりに割の良い仕事を紹介する、そういう関係だった」
 なるほど、――言われてみればすとんと腑に落ちるものがある。街の一角に住み着いている外国人労働者の老人が「さして注目すべきほどではない人物」に固執し「偶然にも」事件に二度遭遇したことは確かに出来すぎているとは思っていた。そこに軍務長官、もとい諜報部が絡んでいるとすればこれほどありがちな話はない。
 だがそうなると、別の疑問が生じることとなる。クリスはおそるおそるといった呈でそれを口にした。
「その情報屋が目撃したことはお聞きではなかったのですか?」
「聞いてはいた」
「しかし、その情報は……」
 世間には知らされていない。クリスもゲッシュが残した記憶の断片から推測されることを認識しているだけであって、詳しいことは判らないのだ。
 むろん、目撃以外に証拠のないものであるために国の上層部で止められていたという可能性はある。だが、軍務長官の表情から察するに、そういう真っ当な理由は噛んでいないのだろう。
 意図的に軍務長官が情報を止めていたとすれば、それは何故か。
「……軍務長官は、まさか、財務長官を疑ってらっしゃる?」
「そのまさかだ」
「!」
 自ら言い出しておきながら、疑いようもない肯定にクリスは体を後方へ引くほどの衝撃を受けた。
「何故ですか!」
「お前にも判っているとは思うがな」
「判りません」
「疑問に思ったことはないか? 『ニール・ベイツは実は誰にも目撃されていない』」
「っ! そ、れは」
 かつての疑問、そしてアランに聞いた内容がクリスの頭の中を往復する。ニール・ベイツ主犯説はかつての情報から出された候補に加え、オルブライト財務長官の証言が決め手となった。
 言ってみればそれまでだ。説の殆どは財務長官への信頼と情報への確信から来ている。他に証拠は、ない。
「ごめんね」
 口を挟んだのはダグラスだ。
「アランとの会話、聞いてたんだ」
「お前もあそこに居たのか?」
「様子見にいったんだよ。ヨークは苦手だから近づきたくなかったってわけじゃないよ」
「しかし、財務長官もニール・ベイツを見たとはっきり言っていたわけではありません。他に疑うべき何かがあるのですか?」
「それは、こいつから聞いた方が早いな」
 言い、フォックス軍務長官は顎をしゃくった。
 その先で、女が目を丸くする。
「アタシ?」
「ニール・ベイツは仮にもお前の夫だったんだろ? よく知ってるんじゃないのか?」
「莫迦言いでないよ。だいたい夫って言ったって、まともに顔合わせたことないんだからさ。そう呼ばれてる奴をちらっと見る程度さ」
「……ということだ」
 皮肉を混ぜて軍務長官は嗤う。そうしておいて彼はおもむろに、モイラへと用を言いつけた。曰く、下で酒の肴でも作ってこいという突然且つ横暴なものだ。
 だがモイラは一度怪訝な顔をした他は拒絶を示す反応を起こさなかった。仕方がないと言いたげにため息を吐いて立ち上がる。なんだかんだと反抗的な態度を見せてはいても彼女はあくまで軍によって助けられ契約のもと生かされている「組織の裏切り者」。契約主にどこかへ行けと命令されれば逆らう余地はない。
「彼女に聞かせたくない話ですか」
 扉が閉まり、通路の鳴る音が遠ざかった後でクリスは問う。
「傍耳を立てるという心配は?」
「俺がひとりでここへ来ると思うか?」


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