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「今朝戻ったばっかなんだろ。いくら体力あるからって、考えなしにもほどがある」
「……疲れは大丈夫だが。心配かけてすまない」
「そういうんじゃねーよ! 肝心なときに倒れられたら困るってことに決まってるだろ!」
「これしきのことで足手まといになるほどヤワじゃない」
 断言し、クリスはアランをじっと見つめた。
「だが、アランが同行してくれるのは心強い。よろしく頼む」
 微笑み、軽く肩を叩く。組織の者に目を付けられている状態であるクリスにしてみれば、アランは充分頼りになる仲間だ。初対面の頃には厄介な性格だと思ったものだが、幾つかの事件で関わった今はだいぶ印象を変えている。実際の所、口の悪いところはあるが意外に真面目で勘も鋭く、弓を使った戦闘技術も充分に優秀なのだ。これを評価せずしてなんとしよう。
 言えば、アランは絶句したようだった。耳を紅くして地団駄を踏む。
「どうした?」
「どうしたも何も」
「ないよねー。この天然野郎」
 吐き捨てるように言いかけたアランを遮り、殊更朗らかな声で割り込んできたのはダグラスだ。
「お待たせー。僕が最後だなんて予想外だったなぁ」
「あんたが遅いだけだろ」
「そういうアランは時間厳守の真面目ちゃんだよね。なんだかんだ言って招集にも毎回来てるし」
 言葉の裏にあるのは、若干悪ぶった態度を取るアランへの揶揄だ。むろん、それが判らないほどアランも鈍くはない。赤くしていた顔を白けたものへ変え、斜に構えたような皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「あんたと違って、弁えるべきところは押さえてるだけさ」
「ふぅん? その割に意見も行動も偏ってるみたいだけど?」
「一貫した姿勢が貫ける尊敬できる上司がいるかいないかの違いだろ? 人を振り回して楽しむ上司に当たると悲惨だね。こきつかわれてあれこれ走り回らなきゃいけないんだし」
「そうだねぇ。忠犬ぶって従ってるだけの奴がそういう上司に当たるとね。上司の言うことそのまま受け取って指示されるままにしか動けない莫迦なら、ある意味幸せかも知れないけど」
「ああ、たまにいるな。与する場所の方針に従わないことが格好いいとか思っているお子様がさ。そんなのと」
「……そこまでだ。喧嘩なら余所でやれ」
 こめかみを押さえつつふたりの間に入り、クリスはダグラスの方を向いて親指で後ろを指し示す。
「そこで待っている人に悪いだろう」
「ありゃ、気付いてたの?」
「お前が連れてきたんだろうが」
 深々とため息を吐き、クリスはその人物へと視線を移す。
「申し訳ない。待たせてしまった」
「いやいや、見ているのもなかなか乙でしたしね」
 笑うその男はおおよそ年の頃50前。ほつれの目立つくすんだ色の上着を適当に羽織り、この近辺では見かけない柄の鞄を背負っているのが特徴か。一見では生活に困窮している宿無しという印象だが、履いている靴や血色の良い顔からそうではないとすぐに知れる。
 おそらくはそういった「どこにでもいる」風体で周囲の目を誤魔化しているのだろう。そういった観察結果と彼がここにいる経緯を併せて考えれば、彼がどういった立ち位置にいる人物なのかは火を見るよりも明らかだ。
「軍務長官から何か?」
 直接的に聞けば、男はにやりとした笑みを浮かべた。否定する気はなさそうである。だがこれに直接答えたのはダグラスだった。
「馬の手配とかいろいろしてもらったんだよ。うちの上司は丸投げが基本だからさー。ほんと、人使い荒いよね」
「そうなのか。突然のことだったのにな。ありがとう」
 後半は男に向けての言葉である。軽く頭を下げれば、彼は手を横に大きく振って見せた。
「礼はいりませんて。こっちも仕事っすから」
「というと、あなたもそういう契約を?」
「そういうってのがどうなのかは判りませんけどね、まぁあたしは雑用係みたいなもんです。お役所に任せておいたら時間がかかってしゃーないことを手伝うっていう。臨時収入としてはかなりいいんですわ」
 根回し、という意味ではないだろう。今回用意してもらった馬で言えば、普通に男が民間の商店なりなんなりから借り受ける、そこにかかる費用を軍務長官サイドが調整して捻出する、そういった手伝いだ。だが確かに軍の事務を通じて正式な手続きを踏んで軍馬を調達しようとでもした日には、早くて丸一日以上を費やす羽目になるだろう。
 ひとくちに契約と言えどいろいろあるのだなと妙な感心をしつつ、クリスは男の連れてきた馬の頸を撫でた。男が直接引いていた栗毛で、穏やかな気性をしているのか、手に逆らわずに耳をゆったりと開いた状態で大人しく立っている。
「なかなかいい馬だ」
 呟けば、男は破顔した。そのままクリスに近寄り、自慢げに胸を反らす。
「そりゃ、いいの選んでますからねぇ」
「なるほど。だが、ここらでそういった貸し借り出来る場所はなかったようだが?」
「ははは、それは秘密ってことで。ほいほい勝手に借りに行かれちゃ、あたしも商売にならないんでさ」
「もっともだが、では、戻ってきた後はどこに返しに行けばいいんだ?」
「ああ、それは……」
「はいはーい、それは僕がするから問題なしだよ」
 振り向いて手を挙げたダグラスは、むすっとしたままのアランの横で鞍の調整中だ。いつの間にか、馬が繋がれていた位置に合わせて少し離れてしまっている。
「僕は何度かお世話になってるし、言ってみればいつものこと? だから任せておいて」
「悪いな」
「そこはまぁ、あれだよ。急ぎ確かめたいって言ったのはこっちだけど、もんのすごく強引な強行軍を計画したのはあの人だからさ」
 言い切り、片目を瞑ってからダグラスは作業に戻る。手を休めない彼に倣い、クリスも荷物を括り付けるべく目の前の鞍へと手を伸ばした。
「携帯食とか足りてますかね?」
 荷物の少なさを見て、商売になると思ったのだろう。馬を届けに来た割には大きいなと思っていた鞄を横から手前へとずらし、男はクリスに期待に満ちた目を向ける。
 だが生憎とクリスの荷袋の小ささは工夫と経験とパッキング技術によるものだ。商売にあちこち飛び回るレイ家の薫陶を受けた使用人たちの熟練の技と選択が存分に詰め込まれている。
「問題なく足りている」
「あらら、さいですか」
「――だが」
 目を眇め、クリスは数枚の硬貨を男へと示して見せた。
「買おう」


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