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「ヨーク・ハウエルの護衛もどきをやったときのことさ。あの時ハウエルはひとつの可能性を示唆してた」
「? 悪いが、思い出せない」
「……あいつ、確かこう言ってた。『結果さえ知っていれば、人を操るのは意外に簡単なんですよ』ってな」
 微妙に真似られた言葉に、クリスははっと目を見開いた。
 指摘されてみれば思い出すことがある。あの時ヨークは、クリスたちの偶然の発見を怪しんでいた。偶然と見せかけて誰かが糸を引いていたのかと問うたクリスを、彼ははっきりと肯定したのだ。
「クリスが鍵を見つけたのは本当に偶然だったのかもしれない。だけど今これが見つかった、……いや、何も見つかってはいないけど、何かあったってのが判った今、あの地下室の発見は囮だったんじゃないかって思える」
「だが、あれで判ったこともそれなりにある」
「それなり、さ」
 皮肉っぽい笑みを浮かべ、アランは視線をクリスに移す。
「ここにあったものは、それ以上だったってことさ」
「……何があったんだと思う?」
「さぁ……」
「そんなに大きな物じゃないみたいだよ」
 口を挟んだのはダグラスだ。
「せいぜい片手で持てるものくらいかな。箱に入れられてたか箱形の何かだったのか……駄目だ、これ以上は何も判らないや」
 掘り終えたのだろう、腰をさすりながらダグラスが立ち上がる。
「見事、何も残ってないよ。腐ったり欠けたり錆びたりしない材質のものだったのか、そういうのも含めて持ち去られたのかは判らないけど、何の手がかりも残ってないところを見ると、通りすがりに露出していたものを誰かが持っていったとかいう偶然要素は消しても良いと思う」
「……つまり」
「何があったのかは大きさ程度しか判らない。それよりもヨーク・ハウエルの言ってたってことの方が僕は気になるね」
 のんびりとしたいつもの口調ではあるが、ダグラスの目は全く笑っていない。
「状態からすると、ここが掘り返されたのはそう前の事じゃないよ。せいぜい数ヶ月程度だね。建物の取り壊しに際して戻ってきた組織の一員が掘り起こしたか、或いは」
「……」
 ダグラスが止めた言葉の先は容易に知れる。
 『ダーラ・リーヴィスの話を聞いて低木の根元を探したメンバーの中の誰か』か、だ。
「あの地下室を発見して騒いでたのはアランだよね?」
「!」
 瞬時に顔を強ばらせ、アランはギリ、とダグラスを睨む。
「僕がそう誘導したと?」
「状況からするとそうなるんじゃないかな?」
「莫迦言わないでくれ! この場所に重要な何かが隠されてるって知ってたら――」
 言いかけ、はっとしたようにアランは口元を手で覆う。それを目敏く聞き咎め、ダグラスは彼にゆっくりと詰め寄った。
「知ってたら?」
「……」
「『鍵は盗まなかった』?」
「な、――」
 口を開け、一歩後退り、アランは拳を震わせた。焦りと困惑、その間で彷徨う感情が手に取るように判る。
 だがそれを見て警戒したクリスが行動に出る前に、彼は大きく息を吐いた。自重を促すように数度。そうして最後に一度目を閉じて、緩く頭振った。
「……まぁ、ばれて当然か」
「あらら?」
「ヒルトンはともかく、疑われるならエルウッドとの二択だと思ったんだけどな? 僕という確証はどこで?」
「忘れたの? あの時それらしい怪我をしてたの、君だけだったじゃないか」
「エルウッドも怪我してたと思うけど?」
「あれは刃物の傷。窓から逃げる途中に何かで裂いたというにはちょっと厳しいものだったと思うけど」
「それだけ?」
「いいや。一番の理由はもっと単純なことだよ。レスターならもっと上手くやる」
 これにはアランも苦笑し、だが認めるように小さく頷いた。
「あいつは嫌な男だからねー。あんなにあからさまで中途半端なことはしない。戻る道のどこかで似たような鍵を急ぎ仕立て上げて入れ替える、くらいのことはさらっとやっちゃう奴だよ」
「ま、そうだろうな」
 顔を歪めつつ、アランは苛立たしげに髪を掻き上げる。
「言っておくけど、鍵はオルブライト様に渡してある。”物証”の行方が知れるまでは鍵も行方不明の方がいいと判断されたんだ」
「盗んだものを私物化するのはどうかと思うけどね」
「私物化なんてしていない。鍵がどういった箱に使われてるのかは調べ済みさ。結果、そこかしこに出回ってる小箱と同じ製造過程で出来てるものだって判ってる。特徴のない上に幾つも種類のある普及した品さ。玄人なら鍵なしで解錠できる程度だよ」
「ふぅん、だから特徴をもって探すのは不可能だってことで伏せられたってことか」
 まぁいいやとダグラスは肩を竦め、黙って聞いていたクリスの方へと向き直った。
「さて、じゃあここで元に戻るよ。アランはそういう理由でここの存在を知らなかった。ヴェラはまぁ除外してもいい。僕は誓っても良いけど、――『上司』の前で同じ科白を吐けと言われても出来ると誓ってもいい、本当にクリスに言われるまで勘違いしてた」
「……ああ。隠してたのなら、あそこへ連れて行って思い出させるようなことはしないだろう」
「ん、そゆこと。ってことは、残るのはひとりだよね?」
「あくまで、俺たちの間に持ち去った者がいるなら」
「可能性の問題だよ。勿論、一番あり得るのは隠した本人かその関係者って説だね。ただそうなると何故この時期にってことになる」
「建物の解体が始まる前だからでは?」
「そんなことは、屋敷が取り押さえられた時点から判ってることだよ。埋められていたものを回収したいなら、こんな皆が注目を始める時期にすることはないよね」
 尤もな言い分である。
 だがクリスの方も、ダグラスやアランがここにはいない「彼」の仕業だと決めつける理由を欲した。
「ではレスターが、裏でこそこそと組織の残した物を集めて隠しているのは何故だ? 彼の所属する場所が他より優位性を保ちたいのなら、見つけたことを声高に叫ぶはずだろう?」
 王宮が三省に奪われた形となっている権力を取り戻したいと考えているなら、レスターの思惑がどうであれ、彼らは鼻高々に成果を言いに回るだろう。少し入った程度でも知れた王宮に漂う高慢な空気は、自らを高め他者を貶める成果を隠しておけるほどの狡さと謙虚さなど持ち合わせていないと感じさせるに充分だった。
 クリスの問いに、アランは口の両端を下げて黙り込む。その前で、ダグラスは迷うような素振りと共に小さく口を開いた。
「それは――」


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