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「父上は今の状況の根本にあるものや真相を知っているのだと思っても構わないのでしょうか?」
 答えを欲しがっていると言うよりは、切っ掛けを出したかったのだろう。随分と突っ込んだ内容ながらヨークに気負った様子はない。そんな息子に向けて、父親の方は可笑しそうに口端を曲げた。
「”物証”がどれであるのかまでは知らんな」
「どれ、と言いますと?」
「おそらくあるはずだとは判っているが、奴らが外国に持って逃げたのか、隠されたまま行方不明になっているのか判らんものまで沢山だ。そんな見つかってもつまらんものに拘っていても、何も解決などせんぞ」
 さすがにこれには、クリスを初めとしてハウエル以外の全員が目を剥いた。
 全ての切っ掛けであり、事件の中心にあるはずの”物証”をしてそこまで言えるのはハウエルぐらいなものだろう。
「しかし、長官。それが見つかれば残党勢力にも打撃が与えられるのは確かでしょう?」
「お前達の手に余るものでなければな」
 ”物証”の中身次第では組織にとって打撃以上のものにはならず、それ以上のものであるとすれば扱いかねる。そう言外に告げるハウエルに、畏敬を吹き飛ばしたのはアランだった。
「失礼を承知で申し上げますが、法務長官。我関せずといった貴方の対応は、国の重鎮でありながら職務を放棄しているのと同等なのではないですか?」
「ユーイング!」
「キーツさん、済みませんが俺も同じ意見です」
「僕もー」
「……お前ら」
 クリスの同意とダグラスの便乗に、場にひやりとした空気が流れ込む。ヨークは面白げに、ヴェラは気難し気にそれぞれ反応をしめしているが、共に声がないのは内心では彼らもハウエルの答えを知りたがっているという証拠か。
 それぞれ異なる色合いの視線をひとりで受け止めているハウエルは、怯んだ様子もなく泰然とした様子のまま緩く笑んだようだった。
「放棄などはしていない。真実、あれこれと動き回れる状態でなかった」
 コツ、と傷痕の残る後頭部を指で叩くハウエルの言葉に確かに嘘はない。
「だが、そうだな。強いて言うなら儂は知らぬ振りをしているのではない。一度決定したことのある儂に、二度目の決定権はないからだ」
「……?」
「バーナードは十何年も前に、儂は五年前に、既に自分で決めた。故に儂には口を出す権利がない」
「バーナード・チェスターも……決めたことがある、のですか?」
「そうだ。そして奴は自殺した」
「!」
 暗にハウエルは、チェスターの死の真相を知っていると語っている。だが、それ以上踏み込ませる気はないのだろう。
 だが敢えてクリスはそこに言葉を重ねた。
「チェスターどのがメイヤーどのの訪問を受けた後、王都へは長官のもとに訪れたのですか」
「ほう?」
「亡くなるひと月前以降の話です」
 これはさすがにハウエルにも意外な指摘であったらしい。感心したように頷いた後、彼は一瞬だけ視線を遠くへと遣った。
「そこまで知ってるのか。たいしたものだ」
「偶然に知り得たことですが」
「運も実力の内だ。さて、お前の質問に答えるなら、そうだとも言えるしそうでないとも言える」
「つまり、会う予定の内のひとりであったということですか」
 これにハウエルは首肯する。
「その時に、自殺の日を暗示されたのでは?」
「奴に渡された紙にあった指定の日、それが後になって思えばそうだったということならな。……ヨーク」
「はい」
「あれを見せるとは、どういった風の吹き回しだ?」
 誰にも見せるなと禁じているわけではないだろう。どこか可笑しそうにハウエルは問うている。
 ヨークは肩を竦め、とぼけたように平坦な声を出した。
「自分の欲しい情報は、相手にそうと気付かれないように自ら調べたと思わせる形で報告させる。そうした有効な手段を教えてくれたのは父上で、私はそれをよりよい形にすべく実行しただけですが?」
 遠回しに、非常に判りにくい言い回しをしているが、要するに餌の存在をちらつかせて、情報に飢えるクリスがひとり行動を起こすのを期待してたということだろう。
 クリスとしてはたとえ利用される形であったとしても、某かの手がかりがあるなら食らいついたであろうし、今更それを本人から告白されてもわきおこる怒りなどない。人使いの極意を知ったようで、改めて強かな男だと認識を深めたまでだ。
 だが、隣にいる男はそうではなかったらしい。目の下で金髪が揺れたのを察したクリスは、彼が動き出す前に早口に声を張り上げた。
「その、チェスターどのの残した手帳ですが」
 先んじられたアランの睨むような視線を感じながら、クリスはどちらかといえばヨークの方へと質問を投げつける。
「未だ現存していると確信しているようですが、放火と共に焼き捨てられた可能性はないのですか」
「ないな」
 言い切り、ハウエルは目尻に皺を作る。
「あれは公式文ではない。故に何かの証拠とするには無意味なものだ。だが一部のものには喉から手が出るほど欲しいものだっただろうな。だから不用意に無くすと言うことはない。しかるべき者が保管しているだろう」
「渡した……ということですか」
「おそらくはな」
 では何故ヨークがそれを「探す」ということになるのか。そういった疑問は例によって顔にはっきりと出ていたのだろう。ハウエルがヨークへと顔を向け、それを受けてヨークは皮肉っぽく頬を歪めたようだった。
「簡単な話です。僕も何故お父さんが死ななければならなかったのか、父上が教えてくれないので調べているだけですよ」
「……は?」
「つまり、君の本当の父親はバーナード・チェスターだってこと?」
 ここで口を挟んだのはダグラスである。問う形ではあるがさほど驚いた様子もないのは、彼は既にその可能性について行き当たっていたということを示す。
「そうです。と言ってもお父さんが失脚する前から祖父母のところへ預けられてましたし、失脚後すぐに父上と養子縁組となりましたし、あまり接点はないんですけどね」
「そうかぁ。その頃の戸籍の資料とかは結構杜撰なんだよね。だからはっきり判らなかったんだけど、おかげですっきりしたよ」
「おや、僕のことを調べてどうするんです?」
「やだなぁ、情報収集ってのは地道な作業なんだよ? 疑問があったら調べる。一見関係のないようなことでも何がどう繋がってるか判らないからね。だから結構行き当たりばったりで統一性のないクリスの行動も、案外理にかなってるんじゃないかなって思ってる」


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