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「皆が知っている程度だ」
「では何故、そうした組織が関わっていると判る内容であったにも関わらず、危険を冒して夜に密談などなさったのでしょう?」
「情報の摺り合わせと言っておこう。五年前国内のフェーリークスを壊滅状態に陥れたとき、全ての情報を国民に開示したわけではない。その後の処理について話し合う必要があったが、敢えて伏せていることがある以上、会議を招集するわけにもいかんのでな。つまり呼び出したのは儂だ」
 暗に、オルブライト財務長官がハウエルを嵌めるために場を設けたというわけではない、と明言している。とすれば密談場所への襲撃は真実、組織の情報収集と行動力が勝った結果だったということだろう。
「騒ぎが起こったと思った直後には儂もオルブライトもすぐに人を呼ぶ笛を取り出した。儂は直後に後ろから攻撃されて気を失ったがな」
 そうしてハウエルは、忌々しげに後頭部を指で小突く。
「その後のことは儂も知らぬ」
「……」
 それ以上は言わず、ヴェラは口を噤む。
(ヴェラも疑ってる)
 フォックス軍務長官に指摘を受ける前から、クリスですら薄々と可能性を考えていたことだ。ただそう考えれば辻褄が合うというだけで、実際には何の証拠もない。反対に五年前の事やこれまでの実績が、財務長官の立場をはっきりとした形で援護する。
 躊躇い、だが迷いを棄てきれぬままクリスは口を開いた。
「長官は始めに仰いましたね? 自分には決定権がないから口を出す権利がないのだと」
 ハウエルは先を促すように頷いた。
「それは、特捜隊を発足した財務長官も同じなのではないですか?」
「同じとも言えるし違うとも言える。オルブライトがお前達を集めた理由は、奴にしか判らんことだ」
「同じ立場であっても傍観者となるか再び勝利を物にするかは個人の思惑次第、ということですか?」
「その通りだ。語られる歴史とは幾つもある真実の生き残った一片に過ぎない。お前達が自分たちの思いを歴史にしたければ、現実に平行してある問題とそれに関わる全てをねじ伏せる必要がある」
 組織の思惑に打ち勝つには、自らの手で答えを探せということか。
「儂が口を噤む理由はみっつ」
 静かに、ハウエルは三本の指を立てた。
「ひとつめは『今言うわけにはいかないこと』」
 それは先立って述べたことが理由のことだろう。
「ふたつめは『絶対に言ってはいけないこと』」
 次に二本目の指が折られたとき、クリスはその静かな声の奥に潜む重さにはっきりと気圧された。食い下がれることではない、そう、本能が喉を引き攣らせる。
 そんな弱気に気付いたのだろうか。ハウエルはひとつに残った指越しにクリスを見つめ、不意に口端を曲げた。
「『言ったところで何にもならないこと』だ」
「……?」
 おそらくは、全員が同じ事を思っただろう。それまでは皆を満遍なく眺めながらの言葉であったのに対し、最後だけは明らかにクリスへ意識を向けていた。
(まさか、私がクリスティンだって知ってる? いや、それは……)
 その意味を問いたい気持ちに駆られながら、同時に絶対に答えが返ってこないだろう事を確信し、クリスは口を噤む。
 代わりに、というわけではないだろう。むしろ今更というべきことをキーツがおそるおそる声に出した。
「ですが、そうした考えの長官が今この時点で表に出ることを決定されたのは、そうしてこういう機会を設けていただいたのはどういった思惑があってのことでしょうか」
 この場では傍観すると宣言しているが、国の重鎮としてさすがにただ見ているだけに徹するのは立場的にも難しい。ハウエルにしても、人身売買を主とした裏の組織の存在が再び国中に蔓延ることは避けたいところだろう。
 組織や外国からの手出しを牽制するために出てきたにしては、若干遅きに失した感じが否めない。国際会議の場と復帰を合わせるのが、おそらくは一番効果的な演出になったはずだ。その機会を無為に過ごしたからには、他に理由があると見るべきである。
 果たして、数十秒の沈黙の後、ハウエルは感情を消した目で一同を見回した。
「特捜隊に任務を言い渡す」
 本来、発足者の財務長官以外に命令権はない。だがハウエルの発した声の重さは、その場に居合わせた全員の体を竦ませるに充分だった。
「行方不明のレスター・エルウッドを探せ。見つけ次第拘束しろ」
「なっ……!?」
「クリスっ!」
 咄嗟に立ち上がったクリスを、アランが慌てて止める。だがその手を振り払い、クリスはハウエルを眇めた目で見つめた。
「何故ですか! 何故そんな必要が!?」
 確かに、レスターの行動には解せない所もある。だがそれは多かれ少なかれ、アランやダグラスにも言えることだ。端から見ればクリスの行動も充分突拍子もなく怪しいものに見えるだろう。
 そういうものを抜けば、レスターに助けられたことも多い。思い出せばクリスの心は、サムエル地方でダグラスとアランに問うたように理由を強く欲した。
「落ち着きなさい、クリス」
 椅子から立ち上がり、クリスの後ろへ回ったヴェラが、宥めるように拳を作るクリスの手を止める。
「拘束という言葉は確かに悪いけれど、それを除いてもエルウッドとは話をする必要があります」
 説得するヴェラだが、彼女自身困惑の内にあるのだろう。彼女自身の考えをまとめながら言葉を紡いでいる、そんな必死さが端々から漏れていた。
「ラザフォートやユーイングは単独行動していることもありますが、その報告は上司になされているのが確認出来ています。あなたの行動はその内の誰かと共にしていますから、怪しいところはありません。ですがエルウッドに関しては、確認すべきところがありません。だからこそ、数日の行方不明にも」
「レスターを特捜隊にねじ込んだ者に聞けばいいだろう」
「っ、それは……」
「彼の推薦者はセロン・ミクソンだ」
「!」
 ここで、新たな情報を出したのはむろん、ハウエルである。それは誰も知らなかったことであるらしく、クリス以外の面々もそれぞれの表情で驚きを示し、ハウエルへと問うような視線を向けた。
「実際には名を貸しただけかもしれぬ。だが、今回の命令には、それは直接には関係はない」
「どういうことですか」
「北の国ベルフェルの使者が、エルウッドの近辺を探っている。その情報が出た直後にエルウッドは失踪。拘束命令は、彼を保護する意味もある」
 レスターが四位貴人の位を得たのは北方戦役での活躍によるものだ。ベルフェル側からすれば当然、苦境しからしめた怨敵ということになる。
「何故……」
「それは、私たちにも判りません」
 横からヨークがため息と共に口を出す。


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