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「なんでこんなにしつこく追ってくるんだと思う?」
「決まってる。奴らもレスターがどこにいるのか判らないからだ」
「つまり?」
「やっぱり法務長官の言うとおり、レスターを先に見つけるしかないということだ」
「そうなるよね」
 だが、今はそれ以前の問題に嵌っている。捜すためにはこの危機を抜け出さなくてはならない。
(だけど、――どうやって!?)
 横から差し込まれた短剣を躱し、相手を捜す。だが既に人混みの中に紛れて判らない。
 背後から手が伸びる。捕まえた先には人相の悪い男。にやにやと笑っているがそれだけだ。捕らえて突き出す理由もない。
(そこいらのチンピラが雇われてる……)
 厄介だと思いつつ、クリスはダグラスと歩調を合わせて路地の横を通り過ぎ――かけた。
「おい、あんた!」
 潜められた、だが鋭い声がクリスを呼ぶ。
「ライノ!?」
「いいからちょっと、こっちに来い!」
 細い路地の物陰から、ライノが手招きしている。周囲を警戒しながらのそれは、クリスを立ち止まらせるには充分なものだった。
「クリス?」
 眉を顰め、ダグラスもさりげなくその方を見る。
「そっちのダンナも。いいから、早く!」
 切羽詰まったような声音に一瞬迷いを生じたクリスだが、再度手を振られた時には路地に足を向けていた。勘というほどのものではなかっただろう。このまま歩き続けてもいつかは注意力も切れる。ならばいっそ乗るしかないという自棄の混じった行動だった。
 ダグラスもこの時点で二手に分かれる利点は見いだせなかったのだろう。クリスのすぐ後ろに付いて横道へ、そこから小さな扉をくぐって建物の中へと入り込んだ。
「ライノ、どういうことだ?」
 扉が閉まるや、クリスはライノへと問いかける。薄暗く狭い通路、それにより触発される閉塞感が彼の眉間に強く皺を寄せさせた。
「偶然にしてはタイミングが良すぎるが?」
「偶然じゃあねぇよ」
 歩き続けたまま、ライノは顔だけを後ろへ向ける。
「男の顔絵、前にお前が見せた奴」
「ああ、……まさか」
「そいつらしい奴を見かけたってのは俺のツレから聞いたな? その後だ。その近辺で寝泊まりしてた奴が殺された」
「……」
「こりゃやべぇ、手ぇ引かなきゃなと思ってたら、今度は顔絵の男も見かけなくなったんだ」
「見張られてるのに気付いて居場所を変えただけじゃないのか?」
「かも知れねぇ。ただその後から、何かやばい感じのする仕事をこそこそ裏で頼んでくる奴らが増えた。俺はじいさんにあちこち紹介されてそれなりの伝手があるから仕事にゃ困ってねぇが、違うグループの奴らがそれに乗ってるみたいだ」
「捜査官を狙っていたときと同じか」
「ああ。じいさんがおかしくなったあの時と同じな。だから俺や俺の知り合いのグループにはやばい連中が関わってるかもって警告しといた。乗っかった奴らにも気をつけろってな」
 喋りながらもライノは、建物の中、狭い路地を何度も出入りしてクリスとダグラスを誘導し続ける。ダグラスは彼にも警戒をしている様子で王都の中と進んでいる場所の位置関係を常に考えている様子だった。
 クリスはむろん、いつでも逃げられるように、最悪目の前の男を斬れるように身構えている。嫌な思考回路だとも思うが、誰が相手であろうと油断できる状況にはなかった。
「で、今手の空いてる奴らに連中が怪しい動きを見せたら報せるように言っといたんだ。そしたら一時間ほど前に奴らが集められたってんで様子見にこっちに来たわけさ」
「それで、俺たちを見つけたと」
「そ。あんたの事は個人的に嫌いじゃねぇ。じいさんの時の借りもある。あんたたちが何やばい橋渡ってんのかは知らねぇが、見捨てるのも寝覚めが悪いからな」
「……それで、どこに向かってる?」
「とりあえずあんたらは、追っ手を一時的にでも撒けりゃいいんだろ?」
 ゴミだらけの建物の隙間を抜け、ライノはにやりと笑う。
「そろそろだ。――ああ、あそこな」
「あ」
 声を上げたのはダグラスである。知っている場所かと問いかけようとしたクリスはしかし、その前に知った顔を見つけて自身もおおよその場所を把握することとなった。
 乱雑に積み重ねられた木箱、古びた荷台、詰め込まれる前の品が狭い庫内に満ちている。正面の扉は開け放たれているが、道に面しているわけではさなそうだった。そしてその倉庫の隅でライノに向かって手を挙げる男。
「お前は、この前の」
「や、ダンナもダンナも久しぶり」
 食えない笑顔の男は、つい先日、軍務長官の命令で馬を手配した人物である。ダグラスとも顔見知りであり、そういう意味では信用の出来る男と言えるだろう。
「まさか、長官が手配を?」
「まさか。今日はライノに頼まれててね。ダンナたちだって知らなかったから、あたしも吃驚っすよ」
「――それで、ここは」
「秘密でさ。ま、そっちのダンナは知ってるみたいっすけどね」
 ダグラスは馬を借りている場所を知っている。つまりここはそこだということだろう。
「それで、ここからどこへ向かうんだ?」
「商業区っすよ。丁度正規の仕事で荷物を積んで向かうんでさ。ダンナ方にはそこに忍び込んで貰います」
「毎日定時に向かう荷だ。中身も同じ。行き先も同じ。怪しい所なんてひとつもねぇ。それに空箱で隙間を作ればあんたらも乗れる」
「だがその分荷が減れば、先方に迷惑も掛かるし、その分を追加で運べばおかしく思われないか?」
 他人のことを気遣う状況でないのは判っているが、ライノたちがクリスと繋がっていることが敵にはっきりと知られてしまうのもまた拙い。現にライノの仲間がひとり既に殺されている。
 そう思い困惑したクリスだが、ライノたちの方はあっさりしたものだった。
「心配ねぇっすよ。毎日使うもんなんで、常に予備があるんでさ。明日今日減った分増やせば問題ないっす」
 これにはダグラスが苦笑したようだった。根回し済みというよりは、危ない仕事を受けざるを得なかったときの逃走経路などが普段から想定されている様子である。今回はそのひとつが使われるということなのだろう。
 ならば、遠慮する必要はない。そう判断したクリスの顔を見て、ライノがにやりと笑う。
「ま、そんなとこだ。こっちのこた心配しねぇで、あんたらは商業区からどう逃げるのか考えてくれ。そっからは俺らも手伝えねぇからさ」
 クリスとダグラスは同時に頷いた。


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