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「気にしないでくださいよ。それより、こちらの方は?」
 謝罪の繰り返しになるところ止め、ガストンはヴェラに目を向ける。最後の全力疾走に若干息を乱していたヴェラはそれを受けて、背筋を伸ばして一礼した。
「ヴェラ・ヒルトンと申します。法務省の事務官です。ゴア殿のことは存じております」
「それはそれは。儂のことはガストンと呼んでください」
 気さくに微笑んだ後、ガストンは再びクリスに向き直る。
「さてさて、頼まれていた情報ですがね」
「ええ」
「それらしいのは五つほどありましたね」
「五つ……」
 なるほど、ヴェラの言う通り数が多い。それを取捨選択するにも相談相手がいるに越したことはないだろう。改めてヴェラが隣にいることに感謝しつつ、クリスはガストンへ先を促した。
「可能性の薄いのから言っていきますよ。まずひとつめは……」
 西の街道に出現しはじめた単独の盗賊の話、王都の隅にある廃墟に最近人が出入りし始めた話、王都の西に流れる川に夜不審な船が行き来する話と、それらしく怪しい話を淡々と語るガストンに、クリスとヴェラは代わる代わる質問を繰り返す。それほど詳しく聞いてきた訳ではないのだろう、返答の殆どは判らないといったものだったが、それでもふたりは細かく可能性を潰していった。
 盗賊は論外、廃墟の件は時期が合わず、船については複数人が関わっているという状況から、それぞれ無関係と判断をつける。
「次は、東の外れに住む情報屋の話ですな」
「東の外れ、ですか……。そのあたりに伝手のある情報屋はいませんね」
 これは新しい情報か、とクリスとヴェラは顔を見合わせた。
「すみません、どうぞ続きを」
「ええと、その情報屋がですね、最近大きなネタを掴んだって話になってるみたいです。値段を相当ふっかけてるようで誰も聞いてないみたいですけどね。その噂が出たのが先月末のことだそうで」
「時期は、合ってるな」
「ええ。ですが、それ以上の内容に関する噂はなかったんです。ただどうもその情報屋、それ以来夜中になるとどこかに出歩いているようで」
「夜に?」
「朝には戻っているそうですが、どうでしょうなぁ」
「それは少し、怪しいかもしれん」
「そうですね、……では、最後のひとつはどんな話ですか?」
 次の話題に移ったのは、訪ねる先の候補として残すということだろう。特にそれを否定する材料もなく、クリスも頷いてガストンを見つめた。
「あともうひとつは、隣町のことですなぁ」
「どの方面のだ?」
「南ですね。街道を行ってすぐの小さな町ですよ。なんでも、そこの小さな施療所に運び込まれた怪我人が夜には居なくなっていたという代物でして。治療に使った包帯やらが残ってなければ、幽霊か何かかと騒ぎになってたかもしれませんな」
「関係はなさそうだが、まさかその怪我人というのが?」
「ええ、背の高い赤毛の男だったそうで。宵に運ばれて未明にはいなくなっていたために目撃者は少ないんですが、それが二日前だったそうです」
 なるほど、特徴はレスターのものと合致する。人の目に触れないうちに消えたという内容も、隠れて行動しているのなら頷けるものだ。
「怪我はどの程度だと?」
「そこまでは判りません。ただ結構な傷だったようで、治療に当たった医者が町の者に訪ねて回って噂になったわけです。治療代にか、置いていった宝石も結構な代物だったそうで、慌ててたみたいですな」
 宝石、とクリスは口の中で呟いた。そんな代物を持ち歩くほど裕福であるにも関わらず、対価として妥当な金を持っていないというのも気に掛かる。
「すぐ隣町の施療所と王都内の情報屋か……」
「最後の怪我人の方がそれらしい気もしますが、……情報屋の方には私が当たりましょうか? もしかしたら伝手のある捜査官がいるかも知れません」
「その方が接触もしやすいだろうが、頼まれてくれるか?」
「勿論です。私も特捜隊として動く必要がありますし、何よりその為に来たのですから」
 気安く請け負うようにヴェラは自らの胸に手を当てた。任せろと自ら言う限り、彼女が期待を裏切ることはないだろう。
 それなら、と情報屋の方に関しては完全に忘れるつもりでクリスはガストンへと礼を述べた。
「短い時間に沢山聞いてくれてありがとう。とても助かりました」
「いえいえ。金になる情報ならともかく、遠方から来る者が集まれば噂などいくらでも飛び交いますからね。お役に立てたのなら幸いですわ」
「何か礼をと思うのだが」
 本来ならさりげなくそういった厚意に返礼することがスマートだとは判るが、知り合って日の浅いガストンに何が出来るのか、クリスには全く見当が付かない。思い、率直に訊ねれば、ガストンが苦笑しながら手を横に振った。
「結構です。大したことはしてませんので」
「しかし、それではだな」
「クリス」
 心持ち詰め寄った形のクリスを、ヴェラがやんわりと止める。
「ゴア殿には以前もお世話になっています。事件が収束した後功績に応じての賞与がありますので、そこに今回の情報収集のことも参考にして貰いましょう」
「おや、そういうものがありますんで?」
「はい。指名手配されている人物の行方に対し、有益な情報提供があった場合それなりの報償が与えられますね? それと同じです」
「そうですか。ではそれに期待しますわ」
 軽い調子で、ガストンは頷いた。そうしたはっきりした形で報えるならば、クリスにも異論はない。
 改めて礼を述べ、そうしてクリスは隣町へ向かうべくふたりと別れ、馬を調達すべく実家へと足を向けた。

 *

 ぽつり、と小さな雨粒が外套に染みを作る。
 馬を走らせること一時間、完全に闇が落ちる前に隣町へたどり着いたクリスは、本格的に降り始めた雨に思わず天を仰いだ。冷たい、濡れるといった問題だけではない。この場合は視覚の悪さが問題となる。
 星の目映い夜であればともかく、街道には道しるべの灯りが点在する程度だ。如何にも暗い。更には雨そのものの紗が景色を霞ませ、ぬかるみも足を掬う。話を聞くだけ聞いてすぐに戻らねば、帰り道を完全に失うことになるだろう。
 心持ち焦りを覚えながら、クリスは町の者に聞いた施療所の扉を叩いた。
「――はいよ。急病かい?」
 中からの声に身分と用件を告げれば、扉は躊躇いがちに開かれた。王都に近く治安もかなり良いとは言え、さすがに見知らぬ者に開放的になる家はない。
「夜分にすまない。少し話を聞かせて貰いたいだけなのだが」
「……中に入ってもいいが、その剣は入り口に立てかけてくれ」


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