[]  [目次]  [



(前に会ったときもあの辺りに向かってたわけだから、全くの偶然というわけじゃないだろうけど)
 死んで一月目にそれこそ偶然墓地であったときのことを思いだし、クリスはこめかみを指で掻く。だが、某かの取引場所などであったのならともかく、倒れる寸前に向かったと考えればここは深く追及するところではないのだろう。
 気を取り直すように指を滑らせて髪を掻き上げ、改めてクリスはレスターへと向き直った。
「レスター。先月俺と別れてからのことを聞いても良いか?」
「まぁ、そうくるだろうな」
 肩を竦め、レスターは苦笑する。
「そんなにややこしい話じゃない。君たちがサムエル地方へ向かったと聞いて追いかけたが、途中で何者かに襲われたというだけだ。王都を出る前から誰かに付けられているようだったが、撒いたつもりでそうではなかった、ということなんだろう」
「襲ってきた人物は見たのか?」
「顔を布で覆っていたから、男で中肉中背という程度だな。何とか逃げたがその後も追い回されて、この結果だ」
「何で襲われたかは……」
「それは聞くまでもないだろう? 君たちもサムエル地方に向かったとき、襲撃は受けなかったか?」
 そう言われてしまえば返す言葉はない。同じく組織を追っている身であり、特捜隊の一員であり、サムエル地方の館という謎の多い場所へと向かった。これだけ条件が揃えば、襲われることを不思議に思う方が難しい。
「だがそれなら、何故どこかに助けを呼ばなかったんだ?」
「どこで誰が狙ってくるのか判らない状況でか? 一度は軍の応援を呼ぼうとも思ったが、阻止されてね、王都の方面まで戻ってくるだけで何日もかかる有様だ。慣れない道をあちこち助けを求めて歩くより、まっすぐ王都を目指した方が早いと判断した。それだけだ」
 普通であれば、長い道のりをひとりで戻るという選択に異常さを覚えるところだが、相手はレスターだ。それを成し遂げるだけの体力も知恵も戦闘能力もある。軍では様々な環境下での訓練もあり、それを思えばおかしな事でもないのだろう。
 レスターを捜して見つけた後はいろいろと聞こう、そう思っていたクリスだが、これでは話す糸口が掴めない。話を聞く限り充分に理解できることであり、彼が裏切っている或いは別件で狙われているといった要素が見あたらないのだ。
 だがそれをそうかと素直に受け取るには、彼の身辺に関する疑惑が大きくなりすぎている。
 考え、クリスは手持ちの札を幾つか切ることを決めた。
「お前がいない間、法務長官と対面したりして、いろんなことが判った」
「どんな?」
「例えば、お前の推薦者はセロン・ミクソンだとか」
「――。そうか」
 一拍空け、レスターは小さく頷いた。
「それがどうかしたか?」
「お前の所属は軍部だが、王宮からの推薦はおかしいとは思わなかったか?」
「そういうお前も、法務長官からの推薦だろう?」
「俺のは俺が遭った事故がきっかけだ。お前は、義父からの関係だとは思うが」
「その通りだ。従う義理などはないが、決定事項には逆らえないからな。王宮からは有利な情報が得られたら報せろとせっつかれて困っている」
 あっさりと認めたというよりは、他のメンバーの立ち位置と同じだと言っているだけなのだろう。アランはアランで盗んだ鍵を財務長官へ届けたりと勝手なことをしており、ヴェラも法務省内で得た情報を全てメンバーに晒しているわけではない。
「これまでの行動は、王宮側から他を出し抜けという命令でのことだというわけか?」
「命令があったとしても、素直に従うかどうかは別だが、まぁそうと思ってもらって構わない」
「じゃあ何故、”物証”の鍵を取っていこうとはしなかったんだ?」
「なんのことだ?」
「鍵が盗まれた夜のことだ。鍵を盗んだのはアランだが、あの場にはお前もいた。違うか?」
 ずっと、忘れていたことだ。クリスが薬を盛られ鍵を盗まれたあの時、部屋にいた者はクリスの短剣で怪我を負っていた。だがこの間サムエル地方へ再び戻ったとき、鍵を盗んだと認めたアランでさえも、そのことは知らない様子だった。
 その矛盾を消す答えはひとつ。クリスの顎を殴った者がもうひとりいたということだ。
「アランは部屋に入った後、扉が開かないように細工した。ということは、それより先に部屋に入っていた者がいるということだ。そしてそいつは、アランの後にやはり窓から出た。勿論、着地に失敗して怪我をしたりなんかせずにな」
「それが私だと?」
「先に部屋に入ったにも関わらず、盗みも俺を害しもせずにじっとしてる必要のある奴なんて、他にいるか?」
「私にも、別にそんなことをする理由はないが」
「こう考えれば、ある。――お前は、敵から俺たちを守るために動いていたんじゃないのか?」
 ある意味、突拍子もない考えだという自覚はある。
「レスター」
 故にクリスは、聞いた科白を吟味するように何度も瞬いたレスターに向け、言葉を重ねる。
「マイラ・シェリーが殺されたよ」
「……!」
「嘘だ」
 だが、その短い反応のうちも判ってしまった。レスターは、マイラ・シェリーの居所を知っていたと。単純に新しい情報に驚いたというには鋭く、全体を見ればさして重要とは言えぬ内容にしては彼の反応は過敏に過ぎた。
 予想外、否、あり得ないという思いが、クリスにすら伝わってしまったのだ。
「嘘だよ。見つかって、保護された」
「……クリス」
 ふ、とレスターは息を吐く。
「どこまで判っている?」
「大したことは。ただ、それで思ったんだ。お前は知ったこと考えたことをもとに先回りをして、少しでも犠牲者を減らすように動き回ってたんじゃないのか?」
「……」
「違うか?」
 重ねて問えば、レスターは苦笑したようだった。実際には熱を持って少し気怠げな、しかし穏やかな表情のまま緩く頭振る。
「それは過大評価だな。そんな立派なことはしていない。マイラ・シェリーを助けたのは偶然だ」
「偶然?」
「……本当に、あの時のことを言わないとは思わなかった」
「あの時?」
「収容所の爆破事件のことだ」
 突如変わった話に面食らいながら、クリスはレスターの言うあの時、のことを思い出した。確かに彼は、あからさまに怪しい行動をとっていたレスターのことをまだ皆に話していない。


[]  [目次]  [