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(収容所の時みたいに? 何かが仕組まれてるのか?)
 あの爆破事件も、突然と言えばそうに違いない。ただあの時は、法務省職員、主には各地の施設を調べている最中の捜査官を襲っていた者達を一斉に捕縛した後のことだった。その彼らが収容された場所への爆破だ。前触れがあったと言える。
(だけど、今は?)
 ハウエルが復帰したのは既に数日前。それが切っ掛けというには遠い。その間、クリスたちがエルウッド家の訪問後に狙われた件も含め、組織及び雇われた人物が裏で活動していたことは確かだろう。だが、王宮に何がと言われれば、そこに何の情報もない。
(内部で何かあったのか――……)
 ウィスラーが娘を連れて行っていたことが何かを引き起こしたのか。その動きの裏に何かがあったのか。
 考えるも、情報が決定的に不足している。今は今起こったことを確かめるしかないと、クリスは次々と浮かぶ不安を元にした推測を振り払う。
 途中、何度も財務省職員に戻るよう指示を受けながら、クリスたちは更に奥へと進んだ。複雑な通路にも迷うことがなかったのは、皮肉にも、逃げてくる人々が居からだと言えよう。
 それでも数度道を間違いながら王宮へと続く門の前に辿り着いたふたりはそこで、目の前に広がる光景に唖然として口を開いた。
「……」
 門を越えて更に奥にある庭園、その一角が敢然に倒壊している。幸いにも火の手はさほどでもなく、庭園に設えられた噴水や泉から水が運ばれ、人々の手によって消火活動は進んでいるようだ。軍部方面から駆けつけた兵と逃げるを踏みとどまった王宮の役人、財務省の方から様子を見に来た者達の手で、怪我人も運ばれている。
「あそこには何があったんです?」
「王宮でも新しい、増築された部分だ」
 クリスは喉を鳴らした。よりによって、と思う。それとも、だからこそ、と考えるべきか。増築されたその部分だけが、綺麗に倒壊の危機に瀕している。
 更に近くへ、と今は咎める者の居ない門を越えかけたところで、強く引き留める声が上がった。
「待ちなさい、勝手に入ってはならん!」
 近衛兵である。ケアリー・マテオのこともありやや偏見をもって見返したクリスの前に、端正な顔をしかめた年配の男が立ちはだかった。門番をしていたのが戻ってきたのか、対外用に幾分派手な装いをした彼には疲れが滲み出ている。
「一般人の立ち入りは禁止している。戻りなさい」
「悪いが、軍に所属している。非番のところを通りがかったらこの騒ぎだ。救助に来たのだが問題があるか?」
「所属は?」
「歩兵師団。ガードナー中隊長の指揮下にあるクリストファー・レイという」
「……ああ、あの」
 さすがは有名人というべきか。だがあまり仲の良くない軍部の人物を知っているとは、それなりにまともに職務をこなしている人物のようだと考えを改め、クリスは逆に質問を返した。
「中にはいるのが拙いのであれば爆破した者を追ってもいいが、情報はあるのか?」
「いや、それは判っていない。なにしろ、通常の警備も手薄な……いや」
「?」
 言いかけて止めたのは、内部の問題であるためか。わざとらしく咳払いをした男は一度緩く頭振り、クリスの横にいるミハイルへと目を向けた。
「そちらも軍所属か?」
「いや、彼は……」
 体格はそれで通じるに値するほど鍛えられてはいるが、さすがに嘘を吐くのは躊躇われる。加えて、ここまで一緒に行動してはいたが、一応は敵対関係にあったこともある隣国の人間である。いくらレスターの件で世話になったとは言え、王宮にまで踏み込ませて良いものか。
 続ける言葉に迷っていることに気付いたか、ミハイルがここで口を開いた。
「すみません、つい一緒に来てしまいました」
 くどくは言わず、簡潔に謝罪し、ミハイルはクリスの方を向いた。
「レイ殿。ひとあし先に戻っています。また縁があればお会いしましょう」
「ああ。……いろいろとすまない」
「いえ、それでは」
 おそらくはギルデンへ報告に戻るのだろう。もともとはレスターを捜していたとは言え、彼らにしてみれば王宮の爆破事件は彼の行方よりも重い。この国に何が起こっているのか、それを見定めるために動き始めるだろう。
 王宮から次々と逃げ来る人々に混じり、ミハイルは財務省の建物の中に消えた。それを見送り、クリスは改めて門をくぐる。軍人である証拠を求められるのではないかとも思いはしたが、門番の男はそこまで気にしていられるほど暇ではなかったようだ。計三発の爆破が生じた王宮から、次があるのではないかと恐れた人々の中には、我先にと他人を顧みない者を存在する。
 押しのけられた女官の悲鳴、幾ばくかの財を落として必死で拾う官吏。逃げ惑う人数は多くないにも関わらず、場は混乱を極めていた。
 その中、以前は王宮の中を通って辿り着いた増築部分へ、今は庭園を突っ切って走り目指す。
「クリス!?」
 途中、アランと出会う。財務省勤務であることを考えれば、遭遇する確率はけして低いものではない。むしろその場にいる意外性という面ではクリスの方が上だと言うべきだろう。
「丁度通りがかったんだ。状況は?」
「悪いよ。なにしろホントに突然だったんだ。いきなり爆発して、すぐに混乱って感じ」
「ここは……増築部分だな」
「いろんな意味できな臭いけど、今はそれどころじゃなさそうだ」
 瓦礫の中に埋もれている人もいる。他と隔絶された場所にあるだけあって、救援に来るのも一手間かかるのだ。前回の爆破事件のときはそれこそ軍部、財務省、法務省から人が集まりやすい場所だったが、ここは勝手が違う。夕方遅くという、業務内容の割に人手の少なくなる時間帯であることも災いしているのだろう。
「長官は?」
「今日は昼過ぎから自宅で作業なさっている。僕は救助活動が一段落したらそっちに行く」
「ああ」
 前回颯爽と現れ混乱を収めた人物の不在は、幾ばくかの不安とそれ以上の疑惑をクリスの中に芽生えさせた。
(タイミング、良すぎやしないか?)
 主犯と思われる男が逃亡した夜には近くに居り、明らかに無関係の者を巻き込む混乱を引き起こしている今は遠く離れている。疑いたくはない一方で、疑うべき材料だけが積み上がっていくのが現実だ。
「クリス?」
「……あ、ああ」
 訝しげな色を含んだアランの促しに、クリスは煙の薄くなった現場へと目を戻し、足を進めた。
「おい、そっちを持ち上げてくれ!」
「こっちは駄目だ、崩れる!」


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