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 それとは別に鋭い目つきで周囲を見回しながら歩いているのは、爆破犯を捜すために組まれた特別な隊か。既に組織だった動きを見せているのは、軍務長官以下、現在のイエーツ国軍が優秀だという証左だろう。
「なのに、王宮には殆ど人が派遣されないのは……」
「まず、街の治安を守ることが優先されたのでしょうね」
「王宮が軍部の介入を断っているからじゃなく?」
「勿論、それもあるでしょうけど」
 過去の立場、特権意識、現勢力との間の軋轢、さまざまな要因が重なって、王宮の一角が爆破されたという事態にも関わらず、対応が沼地に入り込んだかのように重く遅くなっているのだとヴェラは言う。その説明の裏に、王宮にはどんな事態であれ、徹底的に他者を拒む理由があるという思いが滲んでいる。
「クリス、そう言えばひとつ報告を」
 さすがに長い距離を、ずっと走り続けていられるわけもなく、道の悪い箇所へ差し掛かったときにヴェラは思い出したように呟いた。
「ステラ・エルウッドの行動のことですが、どうやら複数人と見合いのようなことをしていると判りました」
「見合い?」
「ええ。ここしばらくの間に、所謂地位持ち且つ独り身の男の邸宅へ出入りしていた姿が目撃されているそうです。誰の所にとは特定できませんでしたが、エルウッドが既に亡くなっているとしての行動のようにも取れませんか?」
「――いや、レスターは生きてる」
「え?」
「一昨日、見つけた」
 アントニーに託した情報だったが、さすがに伝わっていなかったのだろう。驚いたヴェラはしかし、一度立ち止まるにとどまり、すぐに冷静にクリスへと説明を求めた。
 とは言え、クリスが隣町へ行くまでの経過を知っている彼女には、そうたいした情報もない。この際、レスターの過去が現状に直結している可能性は低いとしてその推察を除けば、話しきるまでにさほどの時間はかからなかった。
「マイラ・シェリーを匿った件と王宮からの派遣であるとは認めた、ですか」
「ああ、だが言ってみればはっきりしたのはそこだけだ」
「もとより、彼がそう簡単に本音を晒すとは思っていません。生きていると判っただけでも幸いでしょう」
 ですが、とヴェラは言葉を継ぐ。
「彼がこの短い間を惜しんで逃亡したというのなら、彼が何か掴んで動いているのは確かでしょう」
「ああ」
 レスターの行動は、よほど時間的に切羽詰まっていると見た方がいいのだろう。もしかしたら三箇所への爆破、それらも関わっていたのかも知れない。
「それと……それとは別のことですが、墓地で自殺したという男ですが」
「知っているのか?」
「ええ。不審な死体が墓地にあれば、噂には上ります。それも軍人で、上司がついこの間殺された人物であれば特に」
「!?」
「話を聞いたときには組織の手に掛かって殺されたと思っていましたが、――少し、謎が解けたように思います」
 勿体ぶっているわけではないだろう。クリスの証言と知っていた情報を合わせて考えるに、あまり信じたくない結論が出たという様子だ。
 眉を顰めながら、クリスは掠れた声で問う。
「誰、だったんだ?」
「名前は知らないかと。ただ、溺死体で発見されたジェフ・モルダーの部下だった男と言えば判りますか?」
「――!」
 その言葉にクリスは目を見開いた。つい先ほどのヴェラと同様に、驚きのあまり動かしていた足を止め、たじろいだほどだ。
 困ったように首を傾げたヴェラに促され、またすぐに早足に戻ったクリスだが、「どこかで見たことのある顔」が行き着いた先に見えた事実に、目の前が真っ暗になる思いだった。
「前に、モルダーを呼びに来た男か?」
「すみません。私はそこまで覚えていませんが、クリスが見たことがあるというのならそうなのでしょう」
「ベテランの軍人が無防備に後ろから一撃、か。確かに如何にも慕っていそうだった部下になら、あり得るのかもな」
 どこか皮肉気な声音に、ヴェラは僅かに目を伏せたようだった。
「つまりは軍内部にも、そこかしこに組織に与した、或いは使われる立場の人間が潜んでいるということか……」
「……軍部だけでなく、財務省にも法務省にもいるでしょう」
 なるほど、これは駆逐しがたい、とクリスは内心で嗤った。人身売買組織が国家に寄生する団体だとすれば、確かに彼らは寄生虫だ。主に内部を静かに食い荒らす様が酷似している。この世から犯罪がなくならないのと同様、彼らのような存在は無くなることはないのだろう。
(だが……)
 言ってみれば、彼らは平常時は至極真っ当な人物に擬態しているのだ。司令塔となる人物が消えれば、無害レベルに影響力を落とせる確率も高い。特に五年前に大規模に手足をもいだこの国なら、生き残っていた頭を狩れば不可能なことではないだろう。
 ルーク・セスロイド、否、ヴィクター・リドリーと推測される男。クリスが毒を喰らって以降どこにいるのかも判らない彼が肝だ。そうクリスは思う。
(どこにいるのかも判らないけど、”物証”が見付かればおびき出せる)
 少なくとも無関心ではないはずだ。見付かったと公言するだけでも効果はあるだろう。
 思い、期待と不安を抱えながらレイ家を目指す。陽は完全に没していたが普段よりも窓の中を照らす灯りが多く、視界を良好に保てたことは幸いか。だがそれも裏を返せば、それだけ住民達の不安が強いという指標とも言える。
 そうした不穏な空気が充満していることもあり、エルウッド家のそれよりも新しく外観としては簡素で機能的な家が視界に入ったとき、そこに何ら騒ぎの跡もないことにクリスは胸を撫で下ろした。
 勝手知ったる調子で門を開け、裏に回り、調理場へそのまま繋がる出入り口の扉を叩く。
「若様!?」
 おそるおそると言った呈で扉に取り付けられた小さな窓から顔を見せたアディラが、クリスを認めて慌てて扉を開ける。
「どうなさったのですか、しかも裏から!」
「悪い、だが説明している暇がない」
 強引に中に入り込んだクリスに続き、ヴェラが申し訳なさそうに頭を下げれば、何事かと集まった使用人達は唖然としたようだった。疎遠になりがちな当主の堅物息子が、よりによって事件の最中に裏口から見知らぬ女を連れて現れれば、それは確かに現実を疑いもするだろう。
 そんな視線を受けながら敢えて理解を求めることもせず、クリスはヴェラを連れて階段を駆け上がる。
「クリス、さすがに当主の父君が心配されるのでは?」


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