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23.


 時間は少し巻き戻る。
 王宮が爆破されるより少し前、ルークは軍務長官ロイド・フォックスに呼び止められて軍部のとある会議室の中にいた。
「どういったご用件ですか」
 問うた声に若干の焦りが滲んでいたのは、相手に威圧されてのことではない。今日この日は一日家にいなくてはならなかったからだ。軍部の前を通りかかったのは偶然、必要な資料を執務室に取りに出たその帰りのことだった。
 先を急ぐ理由が言えない以上、格上の相手の要望をはね除けることは出来ない。できれば短くとだけ願いながらルークは軍務長官を見上げた。
「なに、そう時間は取らせない。確認して欲しいものがあってな」
「何でしょう?」
「これを、財務長官殿はどう読み取るかだ」
 無造作に差し出された紙を受け取り、折りたたまれたそれを開いて目を落とす。そこに記されたさほど長くもない文を目で追ううち、ルークは自分の顔が蒼褪めていくのをはっきりと感じた。
「どうかな?」
「な……んですか、これは」
「爆破計画としか見えないがな」
 内容を端的に示した軍務長官の言葉に、ルークは紙を持つ指を震わせる。
「数日前とある筋から手に入れた暗号文を今朝ようやく解読した結果だ。見ての通り、演習場の施設を爆破する計画が記されている。むろん現場を調べて、火薬が詰め込まれていると見られる不審な鉄の塊は取り除いたがな」
「日付が今日となっていますが……」
「ま、ギリギリだったってことだ」
「それは……いえ、それよりもある筋と言いますと……」
「お前の方がよく知っているんじゃないか?」
「!?」
 低い声に、ルークは目を見開いて顔を上げた。
「どういうことですか」
「これがその暗号文の原本だ」
 言い、軍務長官は懐から泥水に汚れ端の破れた紙を取り出して広げた。今度はルークに渡すこともなく、注目すべき箇所を指し示す。
 眉を顰め、見たこともない文字の書かれたそれを凝視し、次いで指先へと視線を移し、そこでルークははっと息を吸い込んだ。
「これは……!」
「財務省が正式に通達を出す際に使用している紙だ。それを示すエンボスがある」
 言い聞かせるような、その実追い詰める鋭さを含んだ声に、ルークは唇を震わせた。
「別に珍しいものではないがな。普通出回っているものは既に文が記されたものだ。エンボスの型はお前しか持っていないんじゃなかったか?」
「! それは……」
「偽の型が作れんとは言わんが、これは既に本物と寸分の狂いもないということを調べている」
「まさか! そんな、どういうことですか!」
「どういうことだと問うているのはこちらだ!」
 大喝に反射的に身を竦め、ルークは握った拳に力を込めた。爪が掌に食い込んでいるのがよくわかる。
 あの男だ、と思った。あの男が緊急事態を思い家に置いていたエンボス入りの白紙を使ったのだ。
(だが、――それをどう説明する!?)
 迂闊だったと自身を呪い、何とか反論を口にする。
「財務省にもいくつか白紙がおいてあります。それを盗むのは困難ですが、無理というわけではありません」
「お前に罪を着せるためにか?」
「そうとしか」
「では何故、これを持っていた者の仲間はお前の家の辺りに逃げ込んだ?」
「え?」
「これはある男が襲撃に遭った際にそのひとりを倒して見つけたものだ。襲撃者は二人組。男の仲間が逃げた方を追い、お前の家の辺りで見失った」
「!」
「他にも、お前の家の周辺に不審な人物がウロついているという目撃証言もある」
「罠です! この暗号文にしろわざとらしい逃亡にしろ、狙っているとしか思えません!」
「ほう」
 悲鳴に近い言葉に、軍務長官は皮肉な笑みを浮かべながら顎をしゃくる。
「襲われた男がベルフェルからの使者どのだとしてもか?」
「!? 他国の者の言うことをそのまま鵜呑みにすると仰るのですか!?」
「お前には悪いがな、今回の一連の事件に関しちゃ、この国の奴の方が遙かに信用ならない」
 ある意味、真実を突いていると言えるだろう。そうして実際に「身に覚えのある」ルークは、それを愛国心を持って否定できるほど厚顔ではなかった。
(なんてことを――……)
 迂闊だったと今更ながらに思う。所詮あの男も表を堂々と歩くことの出来ない身だと、脅迫はあったとしてもそれを表に出すのは互いに得策ではないと勝手に思いこんでいたのだ。
(まさか、はじめから)
 思えば、あの男の行動はおかしかった。”物証”のためと言いながらそれを積極的に探している様子はなかったのだ。周りで起こっていることは知っている様子で、ルークの家に出入りしながらも情報を求めてくるようなこともなかった。
 手を組むとして脅迫し、ルークに様々な便宜を図らせた男。しばらくの間行方を断ち、昨夜突然命令を下しにやって来た男。不審に思い副長官などにそれとなく警戒するようには伝えていたが――。
「オルブライト」
「っ!」
「お前はまさか」
 そう、ルークの恐れている言葉を、軍務長官が口にしかけたとき。
「失礼します!」
 聞き覚えのある、しかし記憶にあるそれよりは焦りを含んだ声が、扉の蝶番の悲鳴と共に部屋にこだました。マナーもなにもあったものではないが、それだけ急いでいるとも判る声である。
「……てめぇ、何勝手に入ってやがる!」
「げ、……いや、ですが、ホントに緊急事態ですって!」
「はぁ? なんだ、言ってみろ」
「ついさっき、王宮の端とハウエル法務長官宅、裁判所が爆破されました」
「!」
「……おいおい、そりゃ、確かにおおごとだな」
「だからそう言ってます」


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