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「何故お前は、俺を助けた! どうだっていい人間なら、毒の回った俺を放置すれば良かったのに、何故助けた!」
「! ……それは」
「何故わざわざ、兵が巡回する場所まで運んだんだ! 何故兵が来るまでわざわざあの場所にいたんだ!」
「なんで、それを」
「あの時巡回してきたのは、アントニーだ」
 ここで初めてレスターの目に動揺が走る。
「……なんでお前がそんなことをしたのか判らない」
「――」
「だがわざわざ巡回路まで連れて、人が来るまで傍にいて、それで俺を助ける気なんかなかったなんて言わせない!」
 不審と疑惑。それに相反するような感謝の想い。信じたい、信じさせて欲しい、そう願う中で拒絶されることの、なんと苦しいことか。
 疑いたくない、それが一番単純な感情なのだろう。
「言っただろうが……」
 胸の痛みを覚えつつ、クリスは目を細めた。
「心配した相手に拒絶されるのは辛いんだって、そう言ったのはお前だろうが……」
 手をかけた襟を握りしめ、クリスは項垂れた。その視界の隅でレスターが、だらりと横に垂らしたままの手に拳を作る。
 いつの間にか、そうしたクリスたちをアランも見ていたようだ。しん、と静まりかえった空間に、気まずそうにみじろぎする音だけが小さく響く。
 やがてクリスの力が緩み、誰がともなくため息を吐いた頃、外から予定内の転機が駆け込んだ。
「判りました!」
 息を切らしながら叫んだのはヴェラだ。その後ろにダグラスもいる。
「あの者達は、西へと逃げています」
「西?」
 ある種ヴェラらしくもない大雑把な情報に、キーツが眉根を寄せる。その疑問に答えたのはダグラスだった。
「たぶん、古い船着き場のある辺りだね。詳しい場所までは特定できないけど」
 言い、そして、その場に漂う複雑な空気に気付いたのだろう。ダグラスはクリスとレスターの上に視線を滑らせた後、キーツへと向き直った。
「遅れてきた僕が言うのもなんですけどね、誰か知りませんが人質もいるみたいですし、まだそれなりに人数がいますから、応援を呼ぶのは無理そうですし、全員で急いだ方がいいと思います」
「……ああ、そうだな」
 一拍間を置き、キーツは真正面からレスターに告げた。
「エルウッド」
「はい」
「次に指示があるまで自宅に待機だ。ただし、逃げ出せば罪は一等重くなる」
「……承知しました」
 頷き、罪人であることを強調するように、レスターは腕輪の付いた手を横に振り払った。反射的に避けたクリスの脇を抜け、彼は唇を引き結んだまま開け放たれた玄関を越える。その顔、その背にあるのは強い拒絶だ。
 その意思に押されるようにそのまま見送りかけ、しかしクリスは寸でのところで一歩前に進み出た。
「レスター、ひとつだけ言わせてくれ」
 僅かに躊躇いを見せた背中が、小さく揺れて歩みを止める。
「俺は、お前のことを信じてるよ」
「……」
「俺はお前に沢山助けられた。感謝することが沢山あるし、それを思えばお前を嫌うことなんて出来ない」
「それで?」
「だから、お前が確かに裏切っていた部分があったとしても、それまで否定しようとは思わないよ」
「甘い男だ」
 呟かれた言葉に、クリスは苦笑した。そんなことは判っている。
「そうだな。だけど俺が何をどう感じてどう思ったのか、それは俺のものであってお前にどうこうされるいわれは無い」
「……」
「それだけだ。――気をつけて戻れよ」
 レスターがその言葉に応えることはなかった。ただ三秒ほどその場に留まり、そして静かに去っていく。
 やがて彼の姿が完全に見えなくなった頃、クリスは黙って待っていてくれた四人の方へと振り返った。
「悪い。時間をとらせた」
「いいけどさ」
 ダグラスが困ったように眉尻を下げる。
「でもクリス、あれは、罵られるよりもキツイよ」
「?」
「わかんなかったらいいよ」
 小さく苦笑し、ダグラスは肩を竦め、再びキーツの方を向いた。
「行きません? 馬を残してありますけど?」
「判っている。アラン、長官の具合はどうだ?」
「私はもう、大丈夫です」
「駄目です、肋骨が折れているかも知れません」
「大丈夫」
 強く言い切り、オルブライトは立ち上がる。相当に痛むのか顔をしかめてはいるが、支える必要はなさそうだった。
「長官、申し訳ありませんが、こちらで待機していただけますか。我々は奴らを追います」
「いや、私も連れて行ってくれないだろうか」
「しかし」
「足手まといになるのは承知しています。だが私なら、奴らの居場所を知っています」
「! それは本当ですか」
「今夜どこへ向かうのかではありませんが、西の方に逃げたというのなら、この国を出る気でしょう。演習場の更に西、河を渡って更に北西に廃棄された船着き場があります。そちらの彼が言った場所よりもっと北よりです」
 そこまで教えてもらえれば、とキーツは思ったのだろう。だがオルブライトは続けて首を横に振った。
「行き方が複雑です。夜では迷うでしょう」
「ですが」
「ちょっと待って」
 ここでダグラスが口を挟む。
「悪いけど、長官、あなたの言うことが本当なのか、奴らに言われて適当なことを言ってないか、僕はすごく疑問なんです。あなたのこれまでの行動は、いくらか怪しいところがあって信用ならないんです」
「何を言う、ラザフォート!」


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