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 おそろしく胡乱気に問うレスターに、ヴェラは足下の靴を見ながら彼女自身信じていなさそうな取って付けた理由を口にする。
「事件があのような形で終わり、特捜隊はその流れで解散となりました。その為、特別な賞与の授与という名目の慰労の場が設けられることはありませんでしたから」
「ひとりずつ呼び出しがあって、任務遂行による解散、解任報告は受けただろう?」
「ええ、ですが……」
 どうにも歯切れ悪く言葉を濁し、ヴェラは深々とため息を吐いた。
「実はあれこれ言ってももう遅いのです。ハウエル様もいわゆる慰労会の開催に賛同なさった様子で、本来主催すべき発起人に代わり、場は設けると仰いました」
 本来の話をするのならば、任務を無事成功させた特捜隊の解散式は、追加の情報収集の場になる他に意味はない。メンバーの中で意気投合した者たちが時折集まっているという話は聞くが、あくまでもそれは個人の付き合いを超えないものだ。
 だがどうにもそんな裏事情はお構いなしの男によって、今回の特捜隊は妙な連帯感が生まれてしまったようである。
 そんな場で、主にレスターはこれまでの経緯をネタに、方々から盛大に文句を言われるに違いない。なんとか理由を付けて参加を断りたいところだが、ハウエルが絡んでいる以上、あれこれと理由を並べたところで上手く行く確率は低いだろう。
 覚悟を決め、その提案に同意すれば、ヴェラからは憐れみを込めた目が向けられた。なんだかんだと、彼女もクリス並にお人好しの部類にはいるのだろう。
 苦笑しながら礼を言い彼女と別れ、法務省の出張所を出たレスターは、昼以降の会議や訓練までまだ時間があることを確認し、一度家に戻ることに決めた。
 ヴェラから報告を受けた、本来の用件であるステラの籍のことは、なるべく早く解決してしまわなくてはならないことだ。いつまでもウィスラーと形式上であれ縁続きでは、さすがに立場上問題がある。これはレスターだけの問題ではなく、ウィスラー一族の処遇を決める上でも後回しにすべきことではない。
(しかし、どう言うか――)
 実家と完全に縁を切るということは、レスターと離縁してしまえば身分を保障してくれる後見人がいなくなるに等しい。ヴェラのようにひとりで生きていけるだけの職や技術があれば別だが、ステラには無理な話と言える。
 エルウッド家とウィスラー家を切り離すために必要な処置であったとは言え、捉えようによっては一生隷属しろいう意味で伝わる内容だ。本来、服毒自殺を図り、ギリギリのところで生還した、体力も落ちきった人間にすべき話ではない。
 迷い、自然足は遅くなる。だがそうして考え込んでいるときほど、意外に早く到着してしまうものだ。無意識に狭い路地を通り、実に効率的な道筋で家の前に辿り着いたレスターは、自分の普段の行動と思考回路を思い出して小さく苦笑した。
「――おや、旦那様?」
 ノックもせずに鍵を使って扉を開け、中に入ると、丁度そこを通りがかったのだろう、ユーリアンが目を丸くしてレスターを出迎えた。
「このような時間に、どうなさいましたか?」
「いや、用があって戻っただけだが――」
 ステラは、と言いかけたところで、騒々しい足音に気付き、顔を上げる。見れば二階の階段手前の通路から、結われてもいない金髪を乱し、駆けてくる女の姿が目に入った。
 そのまま瞬いているレスターの前で止まり、息を整えながら彼女は言う。
「お帰り」
「……ただいま」
 何事かあったのかとユーリアンへと視線を移すも、彼もまた困ったような顔で首を横に振った。
 仕方なく向き直り、へらりと笑う「ステラ」を見下ろし、困惑を交えてレスターは問う。
「何か、あったのか?」
「? いや、なにも?」
「では何故、慌てて来たんだ?」
「え?」
 きょとん、と、「ステラ」は目を丸くする。
「何故って、――仕事から家族が戻ったんだ。用事もないんだったら、出迎えることくらいは当たり前だろう?」
 開き直ったように、――否、真実開き直って、彼女は胸を反らす。どうにもわざとらしくぎこちない「演技」をすることは諦めたのだろう。
 何が悪い。そう言いたげな顔だ。だが、
(悪くない)
 思い、レスターは笑みを堪えるように口元を手で覆った。それを、言いたいことを押さえ込んだと捉えたのだろう。むっとしたように唇を尖らせ、「ステラ」はその細い腰に両手を当てた。
「なんだ、不満か? それとも、お帰りなさいのキスでもしろというのか?」
 一瞬、レスターは時間が止まったかのような錯覚を覚えた。それは、ユーリアンにしても同様だったのだろう。彫像のように動きを止めている。
 だがそんなふたりの反応に気付く様子もなく、むしろ「ステラ」は自分の発言に慌てたように眉尻を下げ、一瞬前の強気の態度を霧散させた。
「で、でもさ、それはさすがにまだ早いから勘弁して欲しいんだけど!」
 いったいひとりで何を妄想しているのか。
 我に返ったレスターは、紅い顔で何やら呟いている妻を見つめ、堪えきれぬものを大量の呼気と共に吐き出した。それに、ユーリアンも続く。

 そしてエルウッド家に、実に四年ぶりの笑い声が響き渡ることとなった。

 *

 同時刻、裁判所の一室。遮断しきれない冷気の籠もるその部屋で、ひとりの男が己の処遇への報告を待って座り込んでいた。
 もともと溌剌とした気力溢れるようなタイプではなかったが、今は更に両肩に重石を乗せているような雰囲気である。端正な顔は沈み、一分の隙もなく着こなし整えられた衣服も色彩を欠くようだ。袖口から首筋から、所々見受けられる癒えきらぬ傷痕もまた、それに拍車をかけていると言えよう。
 やがて現れた人物に、彼はようやくのように顔を上げた。
「すまぬ。待たせたようだな」
「……いえ、滅相もございません」
 やってきたのはセス・ハウエル法務長官である。まさか彼本人が来るとは思っていなかった男、――ルークは、慌てて椅子から立ち上がり、敬礼で彼に報いた。
「長官自らお越しとは、如何なる刑をいただけることとなったのでしょうか」
 一般にはほぼ同格として扱われることの多いふたりだが、実際には年齢の上下に則した隔たりが存在している。けしてきさくではない先輩に、生真面目で負い目のある後輩と言ったところか。
「まぁ、座れ」
 故にハウエルはルークの言を遮るように命令し、自らも堂々と前の椅子に座る。彼に促されれば従わないわけもいかず、ルークは今し方離れたばかりの椅子へ再び腰を下ろすこととなった。
 それを見届けて、ハウエルは再び口を開く。
「君とは長い付き合いだったが、処遇を言い渡してしまえば滅多に会うこともなくなるだろう」
「……はい」


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