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「大したことではありません。特捜隊のことで、……ただひとつ、あのメンバーの中で何故抜擢されたのか判らない人物がいるのです」
「クリストファー・レイのことかね?」
 頷く。
 特捜隊に組み入れられるのはいずれも、各方面で抜きんでて優秀な人物ばかりだ。極めて忠実な部下、或いは独断で的確な行動を起こせる者、優秀の意味は多岐に渡るが、それ相応の思惑を背負って派遣される。
 だが、クリストファー・レイについては最後までルークの理解できる範疇にはなかった。若手では確かに名の挙がる人物であり相応の功績も残している。だが同じ軍部のレスター・エルウッドやダグラス・ラザフォートほどではないということも明らかだ。特筆すべき所があるとすれば「事の始めに絡む事件の渦中にいた」ということだが、それだけではまさか推薦などされはしないだろう。
 では何故か。考え続け、しかし遂にルークには、クリストファー・レイの立ち位置を把握することが出来なかった。最終的にまとめてみると不思議なほど事件の歯車を回し続けた人物であると判るのだが、その背景に何があるわけでもない。
 言えば、ハウエルは不思議な微笑を浮かべた。
「あれは、賭けだな」
「賭け、ですか」
「儂個人にしか理由のない大博打だ。他人には理解できまい」
 語る表情の中、ここにはない遠い視線は、思い出の奥を彷徨っているのか。
「始めにレイを見たとき、そこに何故か懐かしい幻を見た」
「幻……」
「信じるも信じないも勝手だが。儂のとうの昔に亡くなった兄、――いや、弟の姿を見た気がした。切っ掛けは、それだけでな」
 冗談の粉を塗して煙に巻こうとしているようにも見える。だがルークは、それを本音だと捉えた。根拠はない、突拍子もない。だがそれは真実なのだと。
「亡くなった弟が何かを伝えたいのだと、そう思ってもう一度彼を訪ねたんだがね。思ったより見所がありそうだったものだから、強引にメンバーに加えたというわけだ」
 結果的には天啓になった、と言えるだろう。
 出し抜き、出し抜かれることが普通であるはずの特捜隊が、今回に限り不思議なほどまともに機能していた。バラバラに動くメンバーたちの間をつないでいたのは、クリストファー・レイだ。あろうことか、あれほど頑なで扱いづらいと投げていたレスター・エルウッドまでを、最終的に懐柔してしまったことには驚きを禁じ得ない。
「まぁ、最初に遭遇した事件で身内を亡くしたことが、事件を追う原動力になったのかも知れんがな」
 辛い過去を心の奥深くにしまうのは、人が誰でも持つ弱さだ。だがきっと、人を動かし歴史を動かすには、それと向き合って克服する覚悟と勇気が必要なのだろう。それは何より、自分の未来のために。
 一度目を閉じ、ルークは心の中で亡き妻に詫びた。――再会できるのは、当分先になりそうだと。妻のような境遇の者達を作らないために、まだまだしなくてはいけないことは残っている。
「さて」
 ルークの覚悟に気付いたか、ハウエルは役目を終えたとばかりに腰を上げた。
「今年中に全てをまとめ終えて、来年から、忙しくなるぞ」
「――はい」
 頷き、ルークも席を立つ。
 蹲り、座って頭を抱えていても何も動かない。自らの意志で、自らの足で、歩き出さねば何も変わらないのだ。
 思いを噛みしめながら、ルークは一歩、歩き出す。
 そうしてふたりが共に消えた部屋で、雲の切れ間からの除いた日差しが、ただ静かに揺れていた。



いつか別れる君のために 完結    >あとがき&補足






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