「レスター?」
「いや、なんでもない」
「って顔じゃないけど」
怪訝な様子のステラを残し店の奥に進んだレスターは、棚に並べられた商品を満遍なく眺め回した。どれも装飾の少ない素っ気ない代物だが、見栄えが悪いというわけではない。業物とまでは行かずとも充分に実用に耐える品と判断し、その内のひとつを手にとって確かめる。
「ステラ。これを持ってみろ」
「剣?」
近付いてきたステラは、差し出された物を素直に受け取りその場で構えを取った。その際顔をしかめたのは、無駄のない慣れた動きながら、重心がどうにも定まらなかったためだろう。技術云々以前に、純粋な筋力が不足している。そうしたことへの自覚に、苦い思いを抱いているに違いない。
「それにしておいてはどうだ?」
「剣に?」
「慣れているだろう? 新たに何かを習得するとなると、習いに行ったり試行錯誤を繰り返したりする必要がある。そうなれば、どうしても目立つ。だが、庭先で訓練するくらいなら、そう注目はされないだろう」
「けど、この体だと、前に習ってたやり方が使えない。受けるにしても流すにしても、なんだかやりにくくて」
「そうは言うが、クリスの体になったときには、なんとか訓練してただろう?」
「あれはまぁ、もともと身体能力高かったし」
「間合いや感覚が違うというなら、慣れなくてはならないのは同じだろう? 小さくなったらなったなりに、試行錯誤してみるのもいいと思うが」
「ああ、うん、そうなんだけど、……」
剣を握る手に目を落とし、言葉を濁し、しばらくの沈黙の後、ステラは深くため息を吐いた。
「違うな。私が悪いんだ」
「?」
「新しいことに挑戦したいんじゃない。思い通りに行かないことから逃げてるだけなんだ。この小さくて華奢な骨格じゃ、クリスはおろかクリスティンにもなれない。それを受け入れられなくて、じゃあ違う方法をとか軽く考えたけど、違うよね」
自嘲、と言うよりは仕方がないな、といった呆れを含んだ笑みを貼り付けながら、ステラは後頭部を掻く。
「色んな事がやりたい、とかいう理由で振り返らずに走るんじゃなくて、歩いてきた道を見たくないから仕方なしに前を向くってのは、何か違うよね」
「それは……、今はまだ、仕方ないんじゃないか?」
「そうかもしれない。けど、そんなことで剣を棄てたら、きっと後悔する。現状が受け入れられないんじゃないんだ。ただ、上手く行かないことを体のせいにしてしまいそうで、そんな弱いところが嫌なんだ」
明るい調子の裏でそんなことを思っていたのか、とレスターは眼を細める。
(いや、違うか)
武器を買うと言いだした時、ステラもそこまで自覚していたわけではないのだろう。ただ自由に振る舞えない立場というものをヴェラによって正面から叩きつけられ、妥協と言い訳を考えている内に心の奥底に気がついた。まとまり悪く自分に言い聞かせるような口調には、そんな思いや葛藤がみて取れる。
”クリス”の時からもそうだったが、彼女は真面目だ。正面から向き合い、体当たりで考えようとする。美点であり、見ていて歯がゆい点でもある。
故にレスターは、肯定も否定もせずに、別の方面からの案を提示した。
「剣と短剣を組み合わせてはどうだ?」
「組み合わせ?」
「ヴィクター・リドリーの使っていた手、と言えば早いか?」
さすがに顔をしかめ、ステラは真意を窺うようにレスターの目を覗き込む。
「今までと同じように行かないなら、それを補う手段を考えてはどうだ、ということだ。クリストファーは苦手だろうが、君は牽制やらフェイントやらも使うだろう? クリスは結構、なりふり構わない感じだったからな」
「貶してる?」
「褒めている。剣技を競う試合会場のお手本みたいな綺麗な戦い方をする必要はない、と判っているはずだ。リドリー並に、思いっきり卑怯な隠し手で最終的に勝てばいい」
「リドリーはかなり強かったけど?」
「だが、身体的に優れていた訳じゃない」
はっとしたように、ステラは僅かに息を呑む。
「単純に傍目から見た体格ならクリスの方が優れていたが、勝てなかっただろう? 私も足止めと捨て身の引き分けに持っていくのが精一杯だった。あの男は手の内が最後まで読めなかった」
「……うん、そうだったな」
「今までの剣を棄てるんじゃなくて、そこに何か加えるって考え方でどうだ? 君は、そうだな。見かけでそもそも相手の油断を誘える分、面白い戦い方ができるかもしれない」
うん、とステラは頷く。納得と妥協、反省と叱咤がないまぜになったような複雑な表情だが、方向性として異論はないようだ。剣と短剣、似ているようでして使い方の全く違うふたつの武器に四苦八苦する日々が続きそうではあるが、努力を厭わない彼女であればいつかものにするだろう。
そのうち、ようやくのように人の声に気付き店の奥から出てきた店主を交え、あれこれと話し合った結果、”クリス”には短すぎるほどの細い剣と短剣をステラは購入した。ふたつ揃えても不要な家具を売りさばき手に入れた、「臨時収入」の範囲に収まったことは、彼女にとっては喜ばしいことだったに違いない。何故か無骨さに拘り、瀟洒なそれにどこか不満気だった表情が一変したときには、レスターも苦笑を禁じ得なかった。
店を出てしばらく、乗合馬車の通る道を歩きながら、ステラは新しい短剣を手に馴染ませるように弄ぶ。
「怪我するぞ」
「痛みを恐れてちゃ、修行にならない」
「……君は本当に、何を目指してるんだ」
額に手を当てため息を吐くレスターに、剣を鞘に戻したステラは笑ったようだった。
「何か?」
「なんでもない」
言い切り、そこでステラは意味深な視線を向ける。
「ところでレスター」
「何だ?」
「お前、やっぱりリドリーに敵対してたんじゃないか。でもって、あの時の大けがは、奴を足止めしたからだったんだな」
「……何のことだ?」
「サムエル地方で襲撃に遭った時、やたら統率が取れてないな、と思ってたんだ。お前がリドリーを足止めしていてくれたってことだろ?」
レスターは大げさに顔をしかめた。――何で、こういうことばかり鋭いのか。
「前のことはもういいだろう。それより、短剣を使うなら、使い方をどこから学ぶか、考えた方がいい」
「レスターにしては下手な話題転換だな」
「うるさい」
渋面のままふいと顔を背ければ、ステラは笑みを深めてレスターの腕に自分の細い腕を絡ませた。恋人や夫婦のように、というよりは捕獲という表現の方が正しいそれは、甘やかな空気もないままにレスターの動揺を誘う。
「丁度良いからさ、いろいろ本音を聞かせて貰おうかな」
「話すことは何もない」
「莫迦言え。聞きたいことがありすぎて、こっちは整理するのに大変なくらいなんだ」
「くだらないことは忘れろ」
「レスターってさ、意外に口悪いところあるよね?」
「うるさいな」
クリストファーを真似た、怒ったような平坦な口調も、耐性のあるステラには通じない。そればかりか、更に逃がすまいと腕に力を込める。
端から見ればどう映るのか――。
そうしたことを考える余裕もないままに、厚い外套越しに感じる柔らかさから意識を逸らすように、レスターはただ、眉間の皺を維持することに努力を強いられることとなった。
――数年後、ひとりの男が興奮気味にこう語ることになる。
「おー、親友! よく来てくれたなぁ! 助かるぜ! ……って、え? なんでこんなとこにいるのかって? それがさ、聞いてくれよ。俺、昨日昼過ぎに出かけたろ? その時、街ですっげぇ美女見つけたから声をかけたんだ。え? お前にゃ高望みだ? うるせぇよ。……でさ、ちょっとしつこかったかも知れねぇけどよ、喋ってたらその美女がにっこり笑って振り向いてくれたんだ。そこらへんの花なんか霞むくらいの綺麗な顔でさぁ。……え? 幻? んなこたねぇよ。……え? 妄想? あんな妄想出来るほど俺の妄想力高くねぇよ。……でさ、こりゃイケるって思ったんだ。そしたらよ、そしたらよ! ……ううう。美女ともうちょっとで宜しくやれると思ってたらよ、……急にズボンのベルトが切れたんだぜ!? ズボンどころか中のパンツもさっくり切れててよぉ! 人混みの往来で、やらかしちまったんだよぉ! 一気に全部下に落ちてよぉ、うぁぁぁぁん、……、……え? 牢に居る原因はそれかって? そうだよぉ、親友! 冤罪だろ!? 美女が可愛い悲鳴を上げたら兵どもがわらわらやってきやがってよぉ! なぁ、俺は被害者だろう!? なんか知らねぇけど、急にズボンが落ちただけだぜ!? ……え? ベルトが古くなってたんじゃないかって? 莫迦言え、買ったばっかだよ! ……じゃあなんで切れたかって? ……? ……なんでだろうなぁ。すんげぇスッパリ、ナイフで裂いたみたいに切れてたけどなぁ?」
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