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「……どうも」
「……邪魔をする」
 三者三様の挨拶に、目に見えてぎこちなく迎えの挨拶をしたステラに心底謝りつつ、レスターは客間へと三人を通した。慌てて出てきたユーリアンがそれぞれの外套を受け取り、暖炉に薪を放り込む。
「うーん、いいねぇ、暖かい! 独り暮らしだとこうはいかないんだよねー」
 雪が転じた水滴を拭いつつ、ダグラスは遠慮の欠片もなくソファに腰をかけた。
「あれ、椅子変えた?」
「この間な」
「へぇ、うん。前よりいいんじゃない? この家古いしさ、こういうちょっと古い印象のやつの方が合うよね」
 昨年末のステラの大改装により、もともと客間にあったものはステラの部屋へ、客間には新しく新調した家具が設えられている。ステラの説明によれば、目立つソファとテーブルは奮発して名のある職人の品に、その他はそれを引き立てるような、しかし方向性はきちんと統一したものでまとめたとのことだ。
 レスターにはそのあたりのことはさっぱり判らないが、アランもまた感心したように室内を見回しているところを見ると、単にダグラスとステラの趣味が合うというだけではないのだろう。
 ふたりの反応に気をよくしたか、ユーリアンはにこにこと笑っている。そして、突然の客が問題なく座れるように椅子を整えた後、レスターへと小さく耳打ちした。
「旦那様、奥様がお呼びです」
「……だろうな」
 レスターは憂鬱なため息を吐いた。
 彼が家に近付く者を牽制していた数ヶ月前と異なり、今は稀にではあるが、付近に住む女性などがステラを訪ねにやってくることもある。そうしたステラの隣近所との交流を彼が止めることもない。
 問題なのは、今集まった面子だ。特に、クリストファーと言うべきか。
 客間を出てすぐの階段下に立ちつくしていたステラは、困惑と若干の焦りにか、普段にはない頼りない表情でレスターを見上げた。
「レスター……」
「すまない。私も避けられないか頑張ってはみたんだ」
 元凶は、むろんダグラスだ。
 クリストファーへ話を持ちかけた結果、迷いながらも彼は了承した。そこまではいい。それぞれ個人が持つ情報をまとめようと、彼が提案したのもあり得る流れだっただろう。難が出たのはその次、ではどこで話し合うかという素朴な疑問をアランが挙げたあとだ。
 出張してきているアランの宿は論外、ダグラスがねぐらにしている狭い貸家もキツイ、クリストファーの家はと言えば、出産までふた月を切った身重の女主人が居ては負担をかけられない。
 消去法で残ったのは、レスターの家だった。レスターが家に人を呼びたがらないという事実はあるが、ダグラスとクリストファーはその原因を知っている。そしてその原因が取り除かれたのも知られてしまっている。
「レスターも家にいそいそと帰るようになったんだし、記憶障害のある奥さんを放っておいちゃ可哀想でしょ」
 と、さも親身になっていると言いたげなダグラスの顔は、完全に好奇心に染まっていた。それだけなら強固に反発しただろうレスターだが、予想外にクリストファーにまで首肯されてはどうしようもなかった。
「と、いうわけだ。本当にすまない」
 今現在問題として挙がっていることについてはぼかし、アランの出張ついでに顔を合わせたところ、という流れで説明すれば、ステラは苦笑したようだった。
「呼びつけてもらえれば、私が全部やるから」
「うん。そうしてもらえると助かる。正直、三人一度だなんて、どういう顔で会えばいいのか判らない」
「だろうな。とりあえず、これを持っていけばいいか?」
 ステラが両手で持つ盆に目を落とせば、彼女はふと息を吐いて頷いた。
「全部種類が違うようだが、どれでもいいのか?」
「まさか。こっちがアランでこっちがダグラス。ふたりとも結構甘党っぽいから、ミルクを入れて丁度良い葉を使ってる。レスターはいつもの。で、兄……クリストファーにはそれ。実家でよく飲んでたんだ」
「いい配慮だとは思うが、君、何時の間に茶葉なんか増やしたんだ?」
「別に無差別に買ってるわけじゃないよ。いつも一種類くらいしか追加しないんだけど、なんか、やたらおまけくれるんだ」
「おまけ?」
「そう。それで、時々店の中でお茶振る舞ってくれる。あ、それで売りつけられるわけじゃないぞ。あれこれ勧められるけど、ちゃんと断ってる」
「店番は男か?」
「店主は年配のおじさんだけど、時々同い年くらいの男の人もいる。いつもは仕入れのほうやってるみたいで、これがまた、口が上手くて商売上手なんだ」
「……もうその店にはいかないように」
「え、なんで!?」
 下心に決まってる。そう唸りたくなるのを堪え、レスターは口の両端を引き攣らせるように上に曲げた。いわゆる、口元に反して目が全然笑っていないという表情だ。
 直接的な下心には勘の良いステラだが、厚意と好意の境界が曖昧な関わりとなると極端に鈍くなる。商売上手という要素が絡むと、レスターには理解しがたい感心や対抗心が先立ち、容貌の際立った女として気をつけるべきことをすぐに忘れ去ってしまうようだ。
「なんでも。それか、一度私も連れて行くように」
 それはいいけど、と頭の上に疑問符を浮かべるステラを後ろに、レスターは若干面白くない気持ちを抱えたまま客間の扉を開けた。
 控えていたユーリアンに目配せをして下がらせ、それぞれの形でくつろぐ三人に紅茶を配る。
「はぁー、温い。生き返るなー」
 遠慮無くすぐに口にしたのはダグラスで、アランはミルクを入れて調整をしてからカップを傾けた。どちらも半分ほど一気に飲んだところを見るに、満足している様子が窺える。
 残るクリストファーはと不躾でない程度に目を剥け、レスターは一度瞬いた。
「どうかしたか? 口に合わなかったか、熱かったかでもしたか?」
「問題ない」
 そうした言葉とは裏腹に幾分怪訝な様子で、クリストファーは表情を歪めたようだった。
「そうは見えないが……」
「これは、さきほどのバトラーが?」
「いや、妻が淹れたものだが」
「……そうか」
 一拍。頷くまでに空いた僅かな間が、クリストファーの動揺を表しているようだった。なんとなく、言わんとすることはレスターにも判る。要するに、その味が、かつてクリスティンが淹れていたものと同じだったということだ。
 レスターには茶葉の善し悪しはわからない。だが、同じ葉を使ったとしても、淹れ方ひとつで随分と異なる味に変わるということくらいは知っている。
「……旨いな」
 口に含み、クリストファーは呟く。その音は、どこか懐かしげな、それでいて切ない色を帯びていた。


 雪のちらつく窓の外が、次第に暗さを帯びていく。


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