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 充分に暖を取った四人が語り始めたことは、思い出の回顧と多少の驚きで室内を満たすこととなった。
「あんた、オルブライト様のアレを、なんで組織の奴が持ってないって知ってたんだ?」
「例の手帳に挟んであったからだ」
 存在そのものが明らかになってしまえば、別段隠すほどのことでもない。事件の終了からしばらくは様子見も兼ねていろいろとはぐらかしていたレスターだが、手帳の事を含め、今はもう方々から提出された情報が積み上げられてしまっている。
 ひとり口を噤む必要性はなく、ごく一部の個人的な事情を除き、もはや口にすることに躊躇いはなかった。
「それをミクソンにそのまま渡したと?」
「もちろん、抜いて渡した。だが、ミクソンは気付いていたようだ。寄越せと言われて、まぁ、渡すしかなかったということだ」
「ということは、ミクソンとチェスターの間に交流があったってことになるかな?」
「そうとは言い切れない。そういうものがあると知ってた上で、手帳に残っていた跡からカマをかけたという可能性もある」
「跡、ついてたんだ?」
「湿気て縒れていたからな。何かが挟まっていたという跡は判るほどについていた」
 どういう経緯で、オルブライトの不正の証拠が、本来はリドリーの敵であるはずのチェスターの手に渡ったのか。
 答えは単純だ。チェスターがリドリーから直接受け取った。それ以外にはない。リドリーからは盗もうと思っても盗めないという事実もあるが、それ以前に、当時はオルブライトの弱みなど、リドリーにはチェスターを陥れる以上の価値はなかった。オルブライトは換えの利く使い捨ての駒で、それは既にチェスターを職場内で孤立させるネタとして使用されていたのだ。
 切られたものに固執するほど、リドリーの持つカードは少なくはなかった。彼が歯噛みしたとすればそれは、ハウエルという油断ならない敵の背後から、なまくらだったはずの爪を研ぎに研いだオルブライトの一撃を喰らった、その後だったに違いない。
「汚職の冤罪が決定したときにでも、なんらか言い含めて受け取ったというのが妥当じゃないか? オルブライトどのが裏切っているという証拠でも見せろとでも言えば、リドリーは嬉々として示しただろうな」
「そう上手くいくか?」
「それが挟んであったページは、丁度敗北についての考察が記されたところだった。正直、当事者がふたりとも死んでしまった今では、そうだと辻褄の合うとしか言いようがないが」
「ま、そうだね。別にあり得ない話じゃないし。うーん、そうすると、さっきの話だけど、リドリーから聞いていて手帳にそういったものがあるだろうって考えた可能性も強くなったなぁ」
 ダグラスの言ではないが、ミクソンの立ち位置は本当に微妙なところにある。敵、もしくは味方だと思いたければ、その方向に立場を流すことが出来るのだ。
「どちらでもなかったのではないか?」
 あまり喋ることのないクリストファーが、ふと口を挟む。
「何らかの団体ではなく、ごく個人的にチェスターと関わりがあり、多少便宜を図ることもあった、というのはどうだ?」
「基本的には傍観者、自分の疳に障ることに関しては誰かに協力することもある、みたいな?」
「そうだ」
 ”クリス”とは異なり、クリストファーはあれこれと詳しく語りはしない。そうした寡黙の要素となっている部分は、若干の違和感となって仲間達の関係を変容させている。
 まず、ダグラスが必要以上に絡まなくなった。そのためにか、以前よりも事務的に効率良く話が進む。脇道に逸れることが無くなったことを喜ぶべきか、内輪という言葉を感じさせる一種のなれなれしさが消えたことを惜しむべきか、些か評価に苦しむ変化と言えよう。
 幾分真面目に見えるダグラスに微妙な顔を向けつつ、レスターは平行線になりそうな話題を一旦切ることにした。
「ミクソンについては、今後のクリスの報告待ちとして、ダグラス。チェスターの冤罪については公式文書は訂正されたのか?」
「公表はされないってことになったよ。ただ、資料は訂正された。それ自体は冤罪だけど、その際にやっぱりいろいろ組織と取引もあったみたいで、そういうのを絡めるとややこしくなるからね」
「いろいろとは?」
「息子には手を出すなって感じの交渉とか」
「なるほど」
 もともと、突然奪われた妻と娘の為に、人身売買組織という巨大な存在と事を構えることになったチェスターである。自身にかけられた汚職の冤罪について、最後まで抗うことがなかったのは、背景に残された家族の安全があったとしてもおかしな話ではない。
「しかし、――こういう言い方は悪いが、何故組織は、チェスターを生かしておいたのだ?」
「というと?」
「チェスター自身の能力は、組織が危険因子と判断するものだったのだろう? 俺が組織の人間なら、念のために殺しておく」
「ああ、そういうこと」
 クリストファーの問いに、アランが苦笑を持って応じた。
「組織に立ち向かうにはさ、やっぱり個人じゃ限界があるからさ。どうしても協力者が必要なのは判るかい?」
「無論だ」
「だけど、組織みたいにやばい敵だと、意思を同じくして互いを献身的に支え合うって人間はごくごく少数なわけ。それじゃ、手が足りない。それを何で補うかって言うと、無関係の協力者ってのになる」
「さりげなく情報を与えたり、日常を逸脱しない範囲で多少の手伝いはするが、基本的にそしらぬ顔をする人間ということか?」
「そう。それはさ、チェスターが力を持っていればいるほど多くなるわけ。強い光に組織の目が向けられるからさ。それが落ちぶれたりしたら、ちょっとだろうが手伝うのも危険になる。そうすると、それまで融通を利かしてくれた人も、関わり合いになりたくない為に突っぱねたりするようになるわけ」
 実際には財務局局長という地位に付随した特権や何やが絡むため、そう単純な話ではない。だがこの際、そこまで詳しく話す必要はないだろうと、レスターは同意するように軽く頷き、それとは異なる補足を加えるために口を開いた。
「組織、というよりはリドリーは、国そのものが組織と一体であることも知っていた。権力の座から遠ざかった人間がどれだけ足掻こうと、改革に着手できる立場にない限りどうしようもできないと判っていたのだろうな」
 現に五年前、当時充分に力を備えていたハウエルですら、真実の一端を知りながらそこまで切り込むことはできなかった。或いは、国の存続のために口を噤まざるを得なかったとも言える。
 と、しばし口を噤んでいたダグラスが、そこで注意を惹くように顔を上げた。
「その関連の話だけど。チェスターはそうやって組織から警戒されてたでしょ?」
「まず、そうだろうな」
 当時、何の力もなかったオルブライトとは異なり、チェスターにはそれなりの注意が向けられていただろう。半焼した家に細工を行い罠を仕掛けていたことからも、連絡を取るような仲間が存在する可能性を抱かれていたはずだ。


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