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「そんな人間が、どうやって当時、法務長官と連絡を取ったんだと思う?」
 ダグラスの疑問は、確かに謎として残っている。
 組織の目をかいくぐり、当時既にそれなりの地位にあったハウエルに連絡を取るというのは、如何にも尋常ではない。加えて、推測が正しいとすれば、ほぼ同時期にミクソンへも連絡を取り、リドリーの目を自身へと向ける行動を取っていたことになる。ひとつ間違えば、――ハウエルと連絡を取ったことが組織に明らかになってしまえば、容易く破綻する計画だ。
「オルブライト様が法務長官を訪れたとき、法務長官は何も知らなかったとは考えられないのかい?」
「それはおかしいよ。むしろ、当時何も知らなかったのは元財務長官の方だったはずだよ。法務長官を訪ね、そこで全部聞いたって言ってたじゃないか」
 う、とアランは喉を詰まらせたようだった。表面上は苦虫を噛み潰したように顔をしかめ、批難の目をダグラスに向ける。
「じゃあ、例のブラム・メイヤーは? 彼を中継してたのかも」
「そこまで活躍しすぎると、さすがに目を付けられるでしょ」
「それなら単純に、他に僕たちの知らない協力者が居ただけの話じゃないかい?」
「あり得ない話じゃないけど、それならもっと五年前に名前が出てると思うなぁ。ここらへんは情報もないし、憶測がかなり絡むよね」
 はぁ、とため息を吐き、ダグラスはお手上げと言いたげに天を仰ぐ。
「僕が気になるのはそこなんだけどなぁ。チェスターが失脚した時点で、一回組織への抵抗の芽が潰れてるじゃない? それが五年前に芽吹くまでどうやって命を繋いだのか、連携とかそういうのの方法が知りたいんだよね」
「諜報部だからか?」
「情報解析部。まぁ、情報を敵の目を躱して流し続けるって大変なんだよ」
 興味と言うよりも必要性なのだろう。飄々と楽に生きているように見えて、実のところそれが趣味のように働き続けているダグラスは、根本的なところでクリストファーとは方向性の違う生真面目さがあるのかもしれない。
 大きく伸びをしたダグラスに続き、クリストファーも首を曲げて骨を鳴らす。それなりに興味深い話が幾つも飛び交ったが、言い換えればそうした集中力を持続させるだけの体力が消耗したということだ。
 僅かな沈黙が落ち、それぞれが頭を休めるように体を弛緩させた。
「レスター、お茶のおかわりある?」
「もう話すことがないなら、帰ってもいいんだぞ?」
「冷たいなぁ。帰る前に喉ぐらい潤わせてよ。小腹が空いたから、ちょっとした茶菓子も欲しいかな」
「……待ってろ」
 相変わらずずうずうしい、とは口に出さず、レスターは呆れながらも腰を上げた。
 そして、一拍遅れて同じように席を立ったクリストファーに、問うような視線を向ける。
「クリス?」
「少し、いいか?」
 表情の読めない顔つきのまま、クリストファーは自ら扉を開けてレスターを促した。一瞬、ぎょっとしてレスターは足を速める。
 部屋を出て少しの場所に、ステラが待機――或いは聞き耳を立てているとも言う――しているのだ。
 案の定、揃って出てきたふたりの姿を見て、ステラは目を見開いたまま硬直した。さすがに誤解されてはたまらないと、慌てて首を横に振るレスターを押しのけるように、クリストファーは一歩前へ進み出る。
 そうして、若干気まずそうな面持ちのまま彼はステラへと呼びかけた。
「……久しぶりと言うべきか?」
「え、えっと」
 彼以上の気まずさを前面に出しながら、ステラは阿呆のように口ごもる。――無理もない。
 そんな彼女をじっと見つめた後、おもむろに視線を外し、クリストファーはレスターへ意味ありげな目を向けた。
「レスター」
「私を追いやる気か? 人の妻とふたりきりで話そうというのは、さすがに知らぬところでやってほしいのだが」
「そんな疚しい思いはない」
「なら、私がいても構わないだろう?」
 むっとした様子で口の両端を下げたクリストファーに、レスターは引かぬ様子を見せる。勿論、口に出して言ったことを危惧しているのではない。呼びかけられてからこちら、明らかに動揺を示すステラを置いていくことは出来なかったからだ。
 自ら近づき横に立てば、ステラは安堵にか、緩い息を吐いたようだった。
 クリストファーもそうした反応と、無意識にか夫の服の裾を握った手に気付いたのだろう。彼は一度頭振り、そうして表情を緩めたあとで謝罪を口にした。
「急に済まない。害為す気はない」
 当たり前だ、と思いつつ、レスターは促すようにステラの背を軽く叩く。押され、つま先ひとつぶん前に出たステラは、おずおずとクリストファーを見上げて喉を鳴らした。
「その、なんでしょうか?」
「落ち着いているな」
「え?」
「最後に会ったときは随分と憔悴していた」
「!」
 目を見開き、ステラは息を呑む。握られた裾が、更なる力で引っ張られることに気付いたレスターは、わざとらしく眉を顰めてクリストファーを見た。
「最後とは、いつのことだ? ここに来たときとは別に、会っていたような言い方だな?」
「偶然街中で会っただけだ」
「その時、憔悴していたと?」
「お前が行方不明になっていたときの話だ」
 なるほど、とレスターはステラへと視線を落とした。ステラは、何と答えて良いのか判らずに、何度も口を開いては閉じるという行動を繰り返している。
 記憶喪失ということを前面に出し、何のことか判らないという演技のもと、困惑をして誤魔化すという手段を取り損なった結果、中途半端に知っている場面のことが頭の中を占め、どういう反応をしていいのかが判らなくなった、――といったところだろう。
 難儀だなと思いつつ、レスターは肩を竦めて助け船を出す。
「悪いが、クリス。彼女はそのことを覚えていないんだ」
「そう、聞いている」
「昔のことを言われると、思い出そうとしてすぐ動揺するんだ。問い詰めないでやってもらえるか?」
「別に、あれこれ聞こうなどとは思っていない」
 知らぬ者が見れば不機嫌と勘違いされかねない表情のまま、クリストファーは改めてステラに声をかける。
「悪い。レスターと、今はそれなりにきちんと暮らしているようで、安心したまでだ」
「……安心してるような顔には見えないが」
「煩い。とにかく、――以前は酷い状態だった。記憶を失ったのは不幸だが、元気になったのなら、俺は今の状態の方がいいと思う」
「……えと、ありがとうございます?」


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