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 結果としてむろん、レスターが予選で敗退するということはなかった。予選での戦闘回数は五回。特に誰と希望することもなく、ランダムに選ばれた対戦相手にあっさりと連勝し、仲間の成績を確認してから早々に帰途につくこととなった。
「おかえり、どうだった?」
「怪我もなく早く戻った私にそれを言うか?」
「うわ、余裕綽々過ぎて、言った私が莫迦に思えてきた」
 笑いながらステラは、外套の埃を払う。ユーリアンは夕食の仕上げ中だ。以前は”ステラ”の希望でメイドも存在したが、今は彼しか残っていない。いずれ某か変化があれば、掃除や庭の手入れなど臨時で雇っている者以外も招くことになるだろうが、それはまだ先の話だ。
「冷たいな。お湯、準備しようか?」
「いや、必要ない。向こうで体は拭ってきた。それより、ステラ」
 食堂に歩きかけ、レスターは真面目な声で先を行きかけたステラを呼び止める。
「明日、明後日と見学に行かないか?」
「……試合の?」
「ああ」
「行っていいのか?」
 彼女がそう問うのも自然なことだ。大規模な娯楽はそうあるものではなく、つまりは街や会場には人がごった返している。
 ステラ・ウィスラーと接触を持とうとするもの、良からぬ事を企む者は、彼女の意思に関わらずそうした人混みに紛れる機会を狙ってくるだろう。敢えてそうした場に出かけることは、充分に法務省の人間を刺激することとなる。
 だが、行きたいという思いを抑えているのは明白だ。
「予選を勝ち抜いたから、明日は空いている。明後日は、まぁ、許して貰おう」
「なんか悪いよ」
「行きたくないのか?」
「っ、行きたいに決まってるけど」
「なら、問題ない」
 ステラは随分と我慢を強いられている。そしてそのことについて文句を言ってきたり、感情を爆発させたりはしない。そのことはレスターも好ましく思っているが、そんな感情とは別に、たまには気分を発散させるべきだという冷静な判断がある。
 ”クリス”を思うに、彼女はギリギリまで己を後回しにする性格なのだろう。だからこそ、唯一全ての事情を知っている者として、先んじてそれを回避させる役目は自分にあるとレスターは自負している。
「そういうわけで、明日は早いぞ。準備しておくことだ」
「……うん!」
 満面の笑みを浮かべたステラに同じような顔を返し、レスターは一息つくべく自室へと引き上げた。

 *

 予選会場は幾つかの訓練施設に分かれて行われている。当然いずれもが軍関係施設であるため、一般人は基本的に出入りが許されていない。だがそれはさすがに盛り上がりに欠けるとされ、出場する者の二親等までの家族に限り、同伴入場を条件として立ち入りが許可されている。
 レスターとステラが門を越えたときには、既に中は相当の人手賑わっていた。門番や同じ時間帯に入場のために並んだ者達が驚いたように彼らを見つめた他は、噂にも上る夫妻が共に歩いていることにもさほどの関心を示さない。
 故に最初は隠れるように進んでいたステラも、ふたつめの会場へ足を運ぶときには随分と大胆なものになっていた。あからさまに目を輝かせ、右へ左へと、見る者を定めるのに忙しい。
「御前試合も凄いって聞いたけど、予選も盛り上がってるな」
「行ったことはなかったのか?」
「去年は父様の仕事のお伴でハリトクスに行ってたし、一昨年は風邪引いて寝込んでたんだ。その前は行ったけど制限かかって中に入れなくて」
「……それじゃ、実は相当行きたかったんじゃないか?」
 興奮そのままに言い切ったステラに呆れてそう返せば、彼女ははっと我に返ったように気まずげに頭を掻いた。
 苦笑し、レスターは彼女の頭を軽く叩く。
「目立つことは好ましくないが、だからといってため込む必要もない」
「そのさじ加減が判らないんじゃないか」
「判らなければ、私に聞けばいいだろう」
 むろん、レスターにも判断のつかないことはある。だがその時はヴェラやキーツに聞きに行けばいいだけの話だ。
 それはステラも判っているはずである。そう言えば、彼女は若干言いにくそうに下を向いた。
「レスターはさ、私が前のステラじゃないって知ってるから、なんだかんだ言っていろいろ融通してくれるじゃないか。でもそこまでしてもらっても、私には何も返せてない。せめて、迷惑かけないようにって思うのは当然だろ?」
「君は誰かに融通を利かせるとき、見返りを見据えて行っているのか?」
 若干、意地の悪い問い返しだ思いながらレスターはステラを見つめる。その視線を受け、困ったように眉を下げながら、ステラは小さく首を横に振った。
「それは……違うけど」
「では、私も同じだ。君は何か勘違いしているがな。私は親切でもお人好しでもない。助ける人間は選ぶし、助けたくない奴は義理も打算もなければ無視をする。私が自発的に何かしているのなら、それは好きでやっていることだ。むしろ気にしないで欲しい」
「レスターがそう言うなら」
「では、そのように」
 やや強引に話を打ち切り、レスターは試合風景へと視線を移した。釣られるようにステラもその方へ向き、何となしに口を閉じる。
 予選とは言え、集まった者は一定水準以上の力量の持ち主ばかりだ。どの試合も白熱し、そこかしこで威勢の良い声が上がっている。本戦ではそれぞれ所属する隊の服を纏うことが義務づけられているが、予選ではむしろそれは禁止されている。よほどの有名人はともかくとして、名前だけは聞いているが実は本人の姿形は縁遠い者には知られていない方が多いからだ。部隊の間で知られている若手のホープなど、所属変われば案外に誰それといった状態である。
「向こう、見えるか?」
「えー、どれ、って、……ガードナー隊長だ」
 とは言え、人溢れる会場内でも目立つ人は目立つものだ。二年連続部下に役目を押しつけて高みの見物に回っていたディーン・ガードナーも今年は三年目、遂に本人自ら剣を振るう羽目となったのである。そうした勿体ぶったような前情報は得てして周囲の闘争心を煽り、本人の緊張を誘うものだが、ガードナーの戦う様子からは飄々とした印象しか得られない。
「相変わらずだ」
 呆れながらステラが称賛をする。レスターもおおい同感だ。頷いた直後、ガードナーは五人目の挑戦者に土を付け、あっさりと本戦出場を決めた。
「ダグラスは出ないのか?」
「諜報部が目立ってどうする」


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